裏切り者の君へ
あんな男と結婚する女なんているものか。
「なんで?」
「無理無理無理」
ふーん、と将樹はそれ以上何も言ってこなかった。
男はそれから私鉄に乗り換え、長い時間電車に揺られ小さな駅で降りた。
外はすっかり日が暮れていた。
男は駅前のコンビニに立ち寄りおにぎりとカップ麺を買った。
「ほら、やっぱ独身だよ」
将樹は分かった、分かったというような表情を見せた。
男は駅から5分ほど歩いたアパートに入っていった。
2階建の2階の一番奥の部屋だった。
來夢は止める将樹を振り払い足を忍ばせ階段を上がる。
男の部屋の前までくると息を潜めてその表札に顔を近づける。
佐藤
磨りガラスの向こうに人影が見えた。
テレビの音が聞こえてくる。
來夢は忍び足でその場を離れる。
最後の階段は3段ほどジャンプして降りた。
階段の下で待っていた将樹が來夢の腕を引っ張る。
「無茶するなぁ」
「佐藤って名前だった」
「どこにでもありすぎて、せっかく分かったけどなんかちょっとがっかりだな」
そうだ男が急に引っ越したりして行方が分からなくなった時、佐藤という名前だけではあまりにも頼りない。
「郵便ポストあさったら下の名前も分かるかも」
そう思ったがあいにく郵便ポストは玄関のドアと一体型になっているもので、男が家にいる今、物色するのは難しかった。
男はのんちゃんと皆に呼ばれていたが、“のん”じゃ下の名前が想像つかない。
せめて男の友人のように“たけちゃん”とかだったら、タカシとかタケルという名前を想像できるが。
「とりあえず今日は奴の住んでる所も分かったことだし帰ろう」
2人は来た道を駅へと戻った。