裏切り者の君へ
來夢は立ち上がった。
すらりと細長い影、長い手足。
遠くからでも分かるまっすぐに來夢を見つめる瞳。
「來夢」
振り向くと将樹が見ていた。
「來夢」
将樹の黒い瞳。
來夢は向かいのホームを見た。
そこには、
誰もいなかった。
來夢はストンとベンチに腰を下ろした。
また向かいのホームを見る。
誰もいない。
「あの男を捕まえたら、來夢は元カレから解放されるべきだと思う」
「解放?」
「あの男に復讐したら、來夢は俺だけを見るようになる、俺を好きになる」
來夢は吹き出した。
「勝手に決めないでよ」
この先、誰かを好きになることがあっても、雪也以上に愛すことはないだろう。
「1番じゃなくてもいい、雪也の次でいい」
まるで自分の心を読まれたかのようなセリフで、來夢は将樹をまじまじと見つめた。
「來夢が俺をちょっとでも好きになった時点で、俺の勝ちだから」
「どういうこと?」
「俺には時間がある」
将樹はゆっくり、はっきりと言った。
「雪也はこれ以上來夢との想い出を増やすことはできないけど、俺は違う。今は少なくてもこれからたくさんの想い出を來夢と作っていける。來夢が死ぬ間際まで作り続けていける」
「想い出は量より質だよ」
「そんなことない。時間には重さがある。見えなくても積み重なることで、大きな存在を突き破る力を持つんだ。少なくとも俺はそう信じている」
将樹はきっぱりと言った。
「だから來夢、これからを俺と一緒に生きて欲しい」
アナウンスが來夢たちの待つ電車の到着を知らせた。
電車がホームに滑り込んでくる。
電車に乗り込んだ将樹が振り返り來夢に手を差し伸べた。
來夢はもう1度誰もいない向かいのホームに目をやった。
そして将樹の手を取った。
血の通ったその手は柔らかくて温かかった。
「今度さ、新しい手袋買ってやるよ。いつもしてんのもうボロボロじゃん」
「いいよ別に」
「そんなこと言うなよ、俺センスいいからさ、知ってるだろ」
電車の暗い窓に並んで座る自分たちの姿が映る。
「じゃあ、買ってもらおうかな」
将樹は嬉しそうに頷いた。