裏切り者の君へ
「そうねぇ、キミエさんがユタだってのは初耳ねえ」
來夢と将樹は困惑した表情で顔を見合わせる。
「あの気がふれたって」
将樹が訊ねる。
「いや、気がふれたっていうのは大げさだけどね」
來夢が叔母から教えてもらったキミエというユタ——この時点でユタであるかどうかかなり疑わしいが——は、近所のスーパーで働いている女性でレジ打ちをしながら時々ブツブツと独り言を言うので有名なのだそうだ。
一緒に働いているパートのおばさん達の誰と仲良くなるわけでもなく、話によればいつも紙袋にたくさんの古ぼけたぬいぐるみを入れて持ち歩き話しかけているという。
観光客らしき若い男女の4人組が入ってきた。
店の女性は新しい客たちをテーブルに案内する。
隣の席のおじいさんはもう來夢たちの話には関心がないのか新聞に目を落としている。
「どうする?」
将樹がめずらしく不安気な表情を顔いっぱいに浮かべて來夢に訊いてきた。
「どうするって言っても……」
「このまま帰る?」
「えーでも」
「だって気のふれた変な人なんだろ、やばいって」
「ちょっと叔母に電話してみる」
來夢はスマホを取り出し電話をかける。
呼び出し音が続くだけで叔母には繋がらない。
「もう止めてさぁ、美味しいもんでも食べて観光しようよ」
「でも、このために来たんだからとりあえず会ってみる」
來夢がそうきっぱり言い張ると将樹はまぁ來夢がそう言うならと承諾した。
約束のちょうど3時にドアブザーを鳴らした。
しばらくして奥から歌うような声では〜いと聞こえてきた。
「早速やばっ」
隣で将樹がつぶやく。
扉を開けたのは白髪が目立つ髪を1つに束ねた思いがけず目鼻立ちの整った女性だった。