裏切り者の君へ
キミエは目を閉じ、口の中でぶつぶつと何かを言っている。
しばらくしてそのぶつぶつがぴたりと止まり、キミエは目を開けた。
「どうも……ちょっと彼とは交信しにくいわねぇ。さっきまではすぐ近くにいて声が聞こえてたんだけど、違う空間に行っちゃったみたいなの」
違う空間?なんだそれは、それにしてもなんだか胡散臭い。
來夢はなんと返事をしたらよいのか分からず、ただ「はぁ」と頷いた。
キミエは雪也が自分に乗り移るのは無理そうだから、でも筆談だったらいけると早口で言った。
來夢はまた同じように「はぁ」と頷く。
キミエはペンを握って目を閉じた。
しばらくするとキミエの右手がゆっくりと動き出す。
目は閉じたままだ。
『來夢』
白い紙の上によろよろした文字でそう書く。
『僕を殺したのはあの男だ』
「あの男?」
來夢は思わず声をあげる。
『今來夢の隣に座っていた男』
一瞬來夢の思考が止まった。
はっと短い笑いが來夢の口から漏れる。
目を閉じたままのキミエの顔をまじまじと見つめた。
よくもこんな嘘がつけるものだ。
目を閉じたまま文字が書けるようになるのにはずいぶんと練習しなくてはいけなかっただろうが。
そこは評価するとしても。
「あ、あの……」
來夢が声をかけてもキミエは目を開けようとしない。
「あの、もういいですから」
來夢はキミエの肩を揺すった。
はるばる東京からやって来たのに、とんだ時間とお金を無駄にしたものだ。
目の前にいるこのキミエはユタなどではなく気が触れたただの婆さんだった。
來夢はすっかり白けてしまい、帰り支度を始めた。
目を閉じたままのキミエの傍に1万円札をそっと置いた。
そのときキミエの右手がまた動いた。
『ごめん』
そのあとに文字が続く。