裏切り者の君へ
あれらの全てが計算されていたら?
いったい何のために?
1日中一緒に佐藤実の跡を追ったあの日の帰り道、ホームで來夢に言った将樹の言葉。
細い銀色の雨の中、來夢に何もなくてよかったと自分を抱きしめた将樹、あのとき将樹は何を考えていた?
今まで将樹が來夢に言った言葉たちは全て嘘だったのか?
信じたくなかった。
雪也のときと同じように。
やっと心の時計が動き出そうとしていたのに、なぜ自分はこんな目に2度も合うのだ。
本当に将樹があの事件の犯人なのか?
雪也を殺したのは将樹なのか?
雪也と将樹、自分はどちらを信じるのか?
來夢はスマホを取り出すと通話ボタンを押した。
心臓が高鳴る。
長い呼び出し音が続いた。
諦めて切ろうとした時、呼び出し音が途切れた。
電話の向こうでわずかに息遣いが聞こえる。
『來夢』
低い将樹の声が聞こえた。
「将樹」
お互い名前を呼び合っただけで長い沈黙が続いた。
『ごめん急に仕事で呼び戻されて、スマホのバッテリーもなくなっちゃって連絡できなかったんだ。今東京に戻って来たとこなんだ、本当にごめん』
「そう……」
來夢は掠れた声で頷いた。
『で、あのユタのおばさんどうだった?來夢の彼を殺した犯人は誰だって?』
來夢はごくりと唾を飲み込んだ。
自分の声が震えないか不安だ。
「あの人ただの狂ったおばさんだったよ。訳の分かんないことばかり言って」
しばらく電話の向こうが静かになった。
『そっか、それは残念だったね。來夢がこっちに戻ってくるのは夜になる?』
來夢はスマホを握りしめた。
「今日は叔母さんのところに泊まろうかと思う。せっかくこっちまで来たから……」
『そうか、じゃあ明日の夜にでも会おう。今日の埋め合わせになんか奢るよ』
将樹はそう言うと仕事に戻るからと電話を切った。
一緒に沖縄に来たのに不自然すぎる将樹の行動、不自然すぎる今の会話。
東京に帰りたくなかった。
将樹のいる場所に戻るのが怖い。