裏切り者の君へ
來夢の上に覆いかぶさる将樹の背中に手を回す。
來夢はゆっくりと手袋を外した。
将樹のシャツをめくり上げる。
そして触れた。
來夢の瞼の裏で眩しい白い光が炸裂する。
その瞬間、将樹が來夢から体を離した。
どう猛な動物のような目をしている。
将樹の視線は來夢の目からゆっくりと降りてその手に注がれる。
「なにした?」
将樹は來夢の手を掴んだ。
「今、俺に触っただろう、なんでそんなことした」
その時リビングで将樹のスマホが鳴っているのが聞こえた。
「電話鳴ってるよ」
「今何を見た」
スマホが鳴り止んだ。そしてまた鳴り出す。
「デリバリーかもよ」
「そんことどうでもいい、今何を見たか聞いてるんだ」
「わたしに見られたら何か困ることでもあるの?」
将樹は來夢から目を逸らさずにベッドから降りた。
そのまま來夢を睨み続ける。
どれくらいそうしていただろう、今度は家のインターホンが鳴った。
「ごはん来たよ」
将樹はわずかに首を横に振った。
「來夢!」
将樹が止めるのを無視し寝室から走り出た來夢は玄関の扉を開けた。
すぐに将樹が追いかけてくる。
キャップを被った浅黒い肌の男が紙袋を抱えて立っていた。
訛りのある日本語で店名を告げると料金を口にする。
将樹は何度も來夢を振り返りながら部屋の奥に財布を取りに行った。
店員は來夢と目が合うと、はにかむように笑顔を作った。
逃げるなら今だ。
そんな言葉が來夢の頭をよぎる。
ほら走るんだ。
ここからエレベーターまでだったらすぐだ。
裸足のままでいい、このままあそこまで一気に駆けるんだ。
來夢の体は動かなかった。
戻って来た将樹が男に現金を手渡すと男はまたはにかんだ笑みを浮かべ頭を下げようとして将樹を見た。
「?」
男は笑みを残したまま不思議そうな顔をしている。
が、頭を少しかしげると礼を述べそのまま行ってしまった。
将樹が男に言った言葉はこうだった。
『逃げないのか』
男にではなく來夢に言った言葉だった。