裏切り者の君へ
「どうして?」
もう1度将樹に触れようとする來夢の手を将樹は遮った。
「どうして高校生のわたしを将樹が知ってるの?」
将樹は寂しそうに目を細めた。
「俺の名前は高橋、高橋将樹、親が離婚する前まではね」
「高橋将樹?」
「ここまで言ってもまだ思いださない?」
來夢は遠い記憶を懸命に遡る。
高橋将樹、高橋、高橋クリニック、クリニック。
「クリニック……」
「そうだよ、思い出した?俺の高校時代のあだ名」
そうだ、來夢の仲良くしていた男子グループとは違うグループにクリニックと呼ばれていた男子生徒がいた。
「あだ名は思い出したけど顔までは思い出せないって顔してるね」
皮肉交じりの将樹の言葉に來夢は頷くしかなかった。
ひどいね、と将樹はため息をついた。
「今もあの時も來夢は輝いていた。クラスで1番人気の男子と付き合って、みんなから注目されて、でも俺は知ってた。來夢が見ていたのは早川雪也だって、いつでも來夢の目は雪也を追っていた。あの日も來夢はホームに雪也の姿を探していた、最後の最後まで、電車の扉が閉まって動き出しても、來夢の視線はずっとホームをさまよい雪也を探していた」
雪也は次のホームでひとり來夢を待っていたのだ。
來夢が今までに何度も思い出した雪也の記憶。
「俺もあの日、みんなに混じってホームにいたんだ。遠くから來夢を見てた、來夢は俺の方なんか1度も見やしなかったけど」
「ごめん……」
「別に謝んなくていいよ」
「でも……どうしてもっと早く言ってくれなかったの?ジムで会った時にすぐに言ってくれればいいのに」
最初はすぐに言うつもりだったと将樹は答えた。
でもなかなか気づかない來夢がいつ気づくだろうかと遊び心も出てきて、そのうちその遊び心は失望に変わり、ついには言い出せなくなってしまったと言う。
來夢は将樹の話を聞きながらあることに気づいた。