裏切り者の君へ
來夢が自分の部屋に戻ったのは1ヶ月ぶりだった。
窓際に飾っているマネキンの手を全て袋に入れゴミに出した。
雪也にもらった手袋だけではなく、雪也の想い出が残る全ての物を捨てた。
もっと部屋はガランとなるかと思ったがそうでもなかった。
いつの間にか将樹との想い出の物が部屋に溢れていた。
いつの間にか來夢の心も部屋と同じになっていた。
「どこか知らないところに2人で行って暮らそう」
そう言ったのは将樹ではなく來夢だった。
雪也との想い出が残るこの街でも、雪也と出会った生まれ故郷でもなく、将樹とだけの想出が作れるところに行きたかった。
「せっかくだから暖かい土地がいいな」
できれば雪が降らないところがいい。
「じゃあ、南に南に行くか」
将樹の言葉に來夢は笑顔で頷いた。
マフラーも手袋も必要のない土地で将樹と2人暮らし始めて、來夢は本当に手袋が必要ではなくなった。
來夢の能力がなくなったのだ。
それはある日突然というより、自然に薄れていった。
それと同じように、将樹もセックスの最中我を失うことがなくなった。
相変わらず求めてくるときは激しかったが、以前のように來夢の声が届かなくなるようなことはなかった。
2人が雪也の話をすることはなかった。
2人で暮らし始めて1年経った頃、将樹から指輪を渡された。
以前の仕事だったらもっといいものをあげられたのにと将樹がくれた指輪はそれでもどんな大きなダイヤモンドよりも輝いて見えた。
「これから2人でずっと一緒に生きていこう」
将樹のプロポーズの言葉だった。
将樹と過ごす日々は平凡であったが結婚をまじかに控えたカップルらしい絵に描いたような幸せな時間だった。
2人が背負った影が濃ければ濃いほど、その時間は光り輝いて見えた。