裏切り者の君へ
明かされた全て

春の夜


 月日は流れた。

 2人の間にできた1人娘も結婚して来年には子どもが生まれる。

 そうすればおばあちゃん、おじいちゃんになる2人だったが、2人は何年経っても仲の良い恋人同士のような夫婦だった。



 ある春の夜だった。

 夜中に喉が乾いた來夢はクリーニングに出そうと椅子にかけてあった上着を羽織った。

「家にあるやつじゃ駄目なの?」

「どうしても炭酸が飲みたいの」

 ふーん、と言いながら将樹は自分の上着を探す。

「いいよ、ひとりでさっと行ってくるから」

「一緒に行くよ、俺もなんか買う」

 家の外に出ると意外に暖かかった。

 春になったといえ、早朝や夜は冬に逆戻りしたように気温が落ちるものだが、この夜は違った。

 少し歩くと汗ばむほどの陽気だった。

「なんか一気に夏になったみたいだね」

「さすが南の果ての地だな、上いらなかったな」

「この陽気じゃ桜全部散っちゃうね」

「もう散ってるだろ」

 そんなことを話しながら2人は国道沿いを歩く。

 こんな時間でもまだ結構な車が走っていた。

 2人の横をスピードを出した車が追い越していく。

 車道側を歩く将樹は來夢の手を握った。

「わたしの手、しわしわでしょ」

「そんなことないよ、まるで生娘のように瑞々しい手をしてる」

「やめてよ、もういいおばさんなんだからさ」

 來夢は笑った。

 來夢の指先に将樹のはめた結婚指輪が当たる。

「なんかこういうのを幸せっていうのかな」

「急になんだよ」

「こうやって好きな人と手を繋いで歩く」

 将樹は少し黙った後に、ああ、と頷いた。

「あー、すっごい喉が乾いた。なんかこう甘くなくて炭酸がカッと強いやつが飲みたいな」

「ビールにすれば?」

「いいよ、それは」

 将樹は相変わらず一滴のアルコールも口にしようとしなかった。

 それに付き合ってではないが、來夢ももう何年も飲んでいない。

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