裏切り者の君へ

 來夢は将樹の喉が動くのを見届けた。

 2人は長い時間をかけ少しづつビールを飲んだ。

「1つ聞きたいことがある」

 将樹は呟いた。

「なに?」

 将樹は闇の中に何かを探すようにじっと前を向いたままだった。

「どれくらい雪也のこと好きだった?」

「馬鹿じゃないの、今になってそんなこと聞くなんて」

 來夢は残りのビールを勢いよく飲み干した。

「雪也のことは本当に好きだった。でも今のわたしにとって大切なのは家族。そしてそのわたしの大切なものをくれたのは、あなた将樹」

「こんな俺なのにか?」

「将樹の全部をわたしは受け入れたの、それに」

 來夢は将樹の手に自分の手を重ねた。

「わたし確信がある。雪也とはこんな幸せは築けなかったと思う」

「どうして」

「雪也はね1度もわたしを抱かなかったの、今になってもそれがなぜだか分からないけど」

 正面を向いたままの将樹の体がわずかに動いたように見えた。

 が、将樹は何も言わなかった。

「驚かないの?こんなこと聞いても」

 來夢を見ようとしない将樹の視線の先を來夢も追った。

 そこには何もなかった。

 ただ夜の闇が広がっているだけだった。

「俺、知ってる。雪也が來夢を抱かなかった理由」

 聞き取れないほど低い小さな声だった。

「え?」

 來夢は思わず聞き返す。

「俺、知ってるよ、なんで雪也が來夢を抱かなかったのか」

 今度ははっきりとした大きな声だった。

 それと同時に将樹は來夢を見た。

「來夢と雪也はね……」

 将樹はそこで言葉を切った。

「わたしと雪也がなに?」

「もう、時効だよな、だからいいよな言っても」

 将樹はベンチから立ち上がると、砂場の方に向かって数歩歩いた。そして振り返る。

 深夜の公園で、将樹の声が響いた。



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