裏切り者の君へ

 それはいつも本当に一瞬だった。

 流れるような來夢の視線は雪也をそっと撫でて去っていった。

 それでもそんな些細なことが1日に何度もあった。

 何も見ていないような來夢の視線は確かに雪也を探していて、雪也を見つけると慌てて逃げていく。

 來夢のそんな視線をいつも雪也は來夢に向けた横顔で、肩で、背中で、感じていた。



 來夢が町からいなくなるあの日、雪也は1駅先のホームで來夢の乗った電車がやってくるのを待った。

 最後に來夢に会いたかった。

 まっすぐに來夢を見つめたかった。

 それで終わりにしようと思った。

 お互いを見つめる目が全てを語っていた。

 1つのことを除いては。

 電車がホームから見えなくなった後、雪也は叫んだ。

『來夢』

 そしてその後に続く言葉を雪也は飲み込んだ。



 東京で來夢と偶然再会した時、雪也はその偶然を呪った。

 少女だった來夢は美しい大人の女性へと変わっていた。

 でも雪也を見つめるその瞳は少女の頃と同じだった。

 來夢の瞳は語っていた。

『あなたが好き』と。

 來夢のその気持ちを拒絶するほど雪也は強くなかった。

 一線さえ超えなければ流されるまま流されてしまえばいい、そう思った。

 そしてこれも運命なのだと。

 それでも、もし自分たちが一線を超えてしまうことがあるならば、それは、その時は、自分だけが地獄に落ちればいい。

 そう思った。

 でも、もし、もしも來夢が全てを知り、それでも自分をまだ愛していると言ってくれるのであれば、

『僕と一緒に死んで欲しい』

 身勝手な雪也の告白だった。

 その言葉の本当の意味を知らずに來夢は頷いた。

< 99 / 103 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop