裏切り者の君へ
それはいつも本当に一瞬だった。
流れるような來夢の視線は雪也をそっと撫でて去っていった。
それでもそんな些細なことが1日に何度もあった。
何も見ていないような來夢の視線は確かに雪也を探していて、雪也を見つけると慌てて逃げていく。
來夢のそんな視線をいつも雪也は來夢に向けた横顔で、肩で、背中で、感じていた。
來夢が町からいなくなるあの日、雪也は1駅先のホームで來夢の乗った電車がやってくるのを待った。
最後に來夢に会いたかった。
まっすぐに來夢を見つめたかった。
それで終わりにしようと思った。
お互いを見つめる目が全てを語っていた。
1つのことを除いては。
電車がホームから見えなくなった後、雪也は叫んだ。
『來夢』
そしてその後に続く言葉を雪也は飲み込んだ。
東京で來夢と偶然再会した時、雪也はその偶然を呪った。
少女だった來夢は美しい大人の女性へと変わっていた。
でも雪也を見つめるその瞳は少女の頃と同じだった。
來夢の瞳は語っていた。
『あなたが好き』と。
來夢のその気持ちを拒絶するほど雪也は強くなかった。
一線さえ超えなければ流されるまま流されてしまえばいい、そう思った。
そしてこれも運命なのだと。
それでも、もし自分たちが一線を超えてしまうことがあるならば、それは、その時は、自分だけが地獄に落ちればいい。
そう思った。
でも、もし、もしも來夢が全てを知り、それでも自分をまだ愛していると言ってくれるのであれば、
『僕と一緒に死んで欲しい』
身勝手な雪也の告白だった。
その言葉の本当の意味を知らずに來夢は頷いた。