パクチーの王様 ~逸人さんがあやしい物を見ています~

 この人……、

 もしや、もう、秘境に行く気なのでは。

 当初から逸人は言っていた。

『店が軌道に乗ったら、もっと山の方に入ろうかと思ってる。

 そこまでパクチーを食べに来るのなら、本物のパクチー好きと言うことだ』
と。

 自分はパクチー嫌いのくせに、何故、お客様のパクチー好きを試すような真似をするのかは謎なのだが……。

 ……あのー、私、秘境には行きたくないんですけど~。

 結婚祝いにいただいた、リチャード・ジノリの素敵な白磁のティーカップに紅茶を淹れてくれている逸人を見ながら、芽以はそう心の中で訴えかけていた。

 今の場所だと、お友だちも会社のみんなも頻繁に来てくれるし、実家も近い。

 せっかく楽しく暮らしているのに、と思う一方、それが逸人さんの望みなら、叶えてあげたいかな、と思わなくもなかった。

 二人だけで、見知らぬ土地へ、か。

 逃避行みたいで素敵ではあるな。

 いや……、なにからも逃げなくていいのだが――。
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