パクチーの王様 ~逸人さんがあやしい物を見ています~
みんなが帰って静かになった店内を清掃しながら、芽以は思う。
しかし、妊娠中食べたいものは、子どもが食べたいものだって言うのなら、産んだら、またパクチー食べられなくなっちゃうのかな?
一瞬の幻だな、と笑ったとき、ホールに来た逸人が、
「今日はもうその辺にしとけ」
と言ってきた。
「え、でも」
と言うと、
「さっき、日向子が言ってたろ。
いちゃつくのは、みんなが帰ってからにしろって」
そう言い、側に来た逸人は、そっと芽以を抱き寄せる。
コックコートから、ふわっと芽以の鼻先に香ってくるものがある。
逸人さんの匂いだ。
パクチーの匂い。
……おそろしい。
美味しそうな匂いだと今、思ってしまいましたよ、と芽以が感じたのがわかったかのように、見上げた逸人は渋い顔をしていた。