パクチーの王様 ~逸人さんがあやしい物を見ています~
その顔に、芽以は最初にこの店に来たときのことを思い出していた。
いきなり此処に呼びつけられ、来てみたら、コックコートを着た逸人が修行僧のような顔で、まな板の前に立っていた。
そして、こちらを見もせずに、
『生春巻きにしようと思うんだが』
と言ってきたんだった。
だが、逸人が、芽以に無関心で、そういう態度をとったわけではないと今ならわかる――。
照れ屋な王様だからな、と思い、笑って、
「……なにがおかしい」
と言われてしまう。
「いえ、逸人さんは、私がパクチー好きになったことで、私に先を越されたとか、裏切られたとか感じているのかもしれませんが。
逸人さんが、私と私のお腹の子どもとで、二倍抱きしめたくなるって言ってたみたいに、私も、逸人さんとパクチーの匂いで、二倍抱きしめたくなります」
そう芽以は笑ってみせたが、逸人は、
「……あんまり嬉しくない」
と呟き、眉をひそめる。
こういうところは、子どもみたいだな~と思って、可笑しくなってくる。