檸檬の黄昏
相川茄緒
……十一月が終わるまであと一週間、今年も残す所一ヶ月という季節である。
北関東にあるこの地域は雪はまだ降らないが秋の風は終わり、冬の鋭い厳しさを含ませつつある。
街に出ればクリスマスの飾り付けの賑わいを見せるが、ここではそれは皆無であった。
黄色や赤、茶色と落ち葉が散乱しある意味この季節の自然を見せているが、それが庭に雪のように降ろうものならば邪魔でしかない。
「はあ。ようやく片付いてきた」
庭の片隅にまとめられた落ち葉の山を前に、女性がため息をついた。
細くスラッとした体躯をグレーのスウェット上下に身を包み、足元はスニーカー。
背は高く平均男性以上の身長はありそうだ。
絹のような背中まである柔らかな黒髪をざっくりと一つに束ねている。
顔立ちは端正で切れ長の瞳が特徴的だ。
小さな顔に高身長、日本人としては珍しい手足の長いバランスの良い体型、きめ細かい白い肌に形の良い魅力的な唇。
人を魅力させずにはいられない美しい女性であった。
実際、彼女は五年前まではモデルをしており、大手化粧品メーカーやファッションショーのトップモデルとして活動をしていた。
それが今は化粧もせず、やや血色の悪い顔に黒縁の眼鏡をかけて片手に竹ホウキを持ち庭掃除に奮闘していた。
二ヶ月前に二十九歳の誕生日をむかえたばかりである。
ちなみに彼女の着用しているスウェット上下は、借家の地主である大家の女性から契約時にプレゼントされたものだ。
掃除や雑用にと頂いた服だが、動きやすく肌になじむ。
製法は丁寧でとても良い物で一応タグはついてはいるが、あまり有名なメーカーではないかもしれない。
もっと流行っても良い物なのにと茄緒は思う。
近くには乱雑に熊手とちり取りが落ちている。
黙々と作業を進め軍手をはめた手で額の白い肌を伝う汗をぬぐう。
ここは山の麓であり一階建ての平屋がブロック壁を挟み三軒、並んでいて、そのうちの正面から見て一番右、南側にあたる家である。
ここに彼女、相川茄緒(あいかわ なお)が引っ越しを決めたのは一ヶ月前の事だ。
その時は落葉はしておらず管理もされていたので心配は皆無であったのだが、自然には季節がある。
茄緒はそれを見くびっていた。
普通自動車が三台程度は駐車出来る庭があり、家にはウッドデッキがついている。
季節的に雑草はないものの落ち葉が庭を埋めつくし自動車が停車出来ないほどであった。
広い庭に一軒家だが驚くほどの格安物件であり、迷うことなく茄緒は飛びついた。
理由は田舎なことと移動に車が必須ということ。
そして老朽化のため契約が一年で終了ということが安い理由だった。
茄緒は車は所有していたし、もともとは田舎出身なので全く問題はなかった。
いずれは自分だけの一軒家を持ちペットと共に暮らしたい。
そう思っていた茄緒にとって借家だが夢見ていた物件であり叶えつつあったが、いざ住んでみると夢ばかりではないようだ。
古い木造住宅で玄関や造りに時代を感じさせるが、茄緒のがんばりにより何とか人の住める形になってきた。
茄緒は改めて周囲を見渡す。
家、庭、外壁の向こうには歩道と市道があり、その先は一面が田んぼが広がっていて田んぼの向こう側にも名前があるのかないのかはわからないが、大きな山がそびえ立っている。
茄緒の借家の後ろにも山があり、ここは谷のような場所になっているのだ。
来るまでには坂を上ったり下ったりとなだらかな登り坂になっており、いつのまにか標高が高くなっている。
道理でガソリンの減りが早いしなかなか車のパワーも出ないわけだ、と茄緒は一人納得した。
茄緒が高校卒業後してからは普通免許をとり、初めて自分の給与で購入した十年の付き合いの軽自動車は、庭に停車することが出来なかったため路上駐車したままになっている。
「あ、いけない。早く車どかさないと」
茄緒は急いで落ち葉を外壁沿いに置いてあるドラム缶に詰め込んだ。
ブロック二個の上に乗っているそれは前の住人が焼却炉に使っていたものらしかった。
ドラム缶の下には燃えかすのようなものがあり、ドラム缶自体も錆びの他に焦げたようなスス後があった。
人が入れる位の余裕がある大きさである。
とりあえず風で飛ばされないように後で処理するつもりで茄緒は落ち葉を入れてしまうと、残りは大きめのゴミ袋につめた。
そしてから慌ただしく車の鍵と財布を家に取りに行き車に乗り込んだ。
キーケースには鍵の他に特撮ヒーローフィギュアが付いている。
そのまま彼女は買い出しに出かけたのたが、これが運命を変えるきっかけとなるのだ。
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