檸檬の黄昏
長田敬司
思わぬ再開をして茄緒が自宅へと戻り車から降りると、食欲をそそる匂いが辺りに充満していた。
隣人がバーベキューを始めているようだ。
今朝あんな事があったばかりなのにまた炭を使うとは嫌がらせかと、茄緒が呆れつつ茄緒が家の中に入ろうとすると。
「おい」
呼び止める男の声がして振り替えると、壁越しに耕平がこちらを見ている。
「昨日の詫びだ。一緒にどうだ?」
魚と肉の刺さった串をそれぞれ二本、差し出した。
「結構です」
茄緒は即答した。
しかし耕平は拒否されることは予想していたのか諦めず、野菜もあるぞと耕平が更に串を差し出す。
「デザートもある」
更にマシュマロとイチゴが交互に刺さった串を突き出す。
どうやら嫌がらせではないらしい。
まるで心を閉ざした動物に餌付けしようとしているかのようだ。
思わず茄緒は吹き出した。
「わたしは動物ですか?」
茄緒は近づくと串を受け取った。
「頂きます。ありがとう」
その後、茄緒も無下にはせず好意に甘えて耕平宅庭へとお邪魔して、夕飯を一緒に頂くこととなった。
肉は串の他にステーキ。串刺しの魚の塩焼き。
野菜串、焼きとうもろこし。
他にノンアルコール飲料が各種ズラリと並んでいた。
デザートもマシュマロ、フルーツやチョコレートと様々な食材が用意してある。
茄緒と3人ががりでも多すぎるように思う。
他に誰か呼んでいるのだろうか。
「こんなにたくさん、食べるんですか?」
茄緒が疑問を抱くのも無理はない。
耕平は頷く。
「ああ。おれじゃないがな」
と付け加える。
耕平ではないのだとすると、何者なのだろうか?
その答えはすぐにわかった。
庭に一台の黒い車が侵入してくる。
銭湯へ行く前に見かけたジープのラングラーだ。
車から降り近づいて来た人物は、茄緒や耕平より更に脊の高い男だった。
横幅も耕平の二倍はあり、体躯に黒のスウェットを身に付けている。
頭はスキンヘッド、サングラスを着用した貫禄なある巨漢だった。
グローブのように厚みのある手にはスーパーの袋を下げている。
まるで戦争帰りの傭兵か、なにかのチームなのか。
両方現役のようにも思える。
ベレー帽や迷彩服も似合いそうなどと、色々な想像をしてしまい茄緒が思考を混乱させて声を発せずにいると、
「相川さん?」
と巨漢が茄緒に顔を向ける。
「母から聞いてます。初めまして、おれは長田敬司(おさだ けいじ)です」
見た目とは違って紳士的な挨拶をした。
茄緒も慌てて自己紹介したところで、気づいた。
「小夜さんの息子さん?」
「当たり」
ピンポーン、と敬司はクイズ番組の正解音を真似するとニカッと笑う。健康的な白い歯が見えた。
それから申し訳なさそうに、
「炭で火事になりそうだったんだってね。耕平から聴いた。申し訳なかったな。家じゃ出来ないから、ここでよくバーベキューやるんだけど」
ごめんな、もう炭はきちんとこっちで処理するので、またバーベキューさせて下さい、と敬司が懇願してくる。
身体は大きいが子犬のような男であった。
茄緒は頷く。
「ぜひバーベキュー、ご一緒させてください」
と笑顔で返した。