檸檬の黄昏
「相川さん、君はいい子だな」
敬司は色々と感激したようだ。
「たくさん食べて」
茄緒を促しながら食事を始める。
周囲が暗くなってきても敬司はサングラスを外さない。
茄緒の心の疑問が聴こえたのか、敬司が口を開く。
「昔、若さの至りなことがあって、紫外線が苦手になってね。それからずっとサングラス生活だ」
頭は自分で剃っており、食べることが好きだから体型もこれだと敬司は腹を叩く。
だが茄緒には彼が肥満体には思えなかった。
脂肪というよりは元々の筋肉が多くその上に脂肪が乗っているような、力士などのレスラー体型のように見えた。
茄緒が考えているその間には食べる手も止まらず、茄緒がひと串食べる間に彼は五本は食べていたように思う。
(だから食材がすごい量だったんだ)
茄緒は魚の塩焼きをかじる。
「耕平、また釣りに行ったのか。おまえ、本当に好きだよな」
これは耕平が川釣りで釣った魚だそうだ。
(釣り……!)
茄緒の瞳がキラリと光ったのだが、敬司と耕平は気づかない。
茄緒が釣りについてのプランを密かに練り始めている間にも、耕平は手慣れたように炭火を調節しながらバーベキュー用の網コンロを使い、たまに串焼きを食べながら調理している。
その夜は色々な話しを聞いた。
耕平と敬司は高校と大学の同級生なこと。
年齢は共に三十五歳。
卒業後はそれぞれ別の会社に就職し勤めていたが今は協力して独立し、七年前に企業を立ち上げたこと。
ツー ツリー貿易という社名で立ち上げ、当時は日本の木と加工技術を輸出手助けする会社だった。
それから自社の製品を海外に売り込みたいという企業をサポートする輸出、通関を行う輸入代行会社になったらしい。
最初は地元限定で林業が盛んなこの地域だけのはずが、全国から売り込みがあり受注するようになりサンプルを受け取り、海外にそれを売り込みに行ったり工場へ交渉したりしているそうだ。
社員は耕平と敬司のふたりだけ。
耕平は元営業部、敬司は元経理部に所属していたので、ふたりで補いあって運営しているという。
「すごい小さい会社だけど」
敬司は苦笑した。
三軒並んだ一番端の借家は事務所として使用しているという。
「物置小屋ともいうかもな」
耕平が串焼きを頬張る。
「坂口さんって三十五才だったんですね」
耕平の年齢があと二十ほど足した年齢くらいかと思っていたことは、秘密だ。
敬司が察して笑う。
「その髪と髭、見た目そんなんじゃ、色々と誤解されるよな」
「うるせえ。おまえだって人のことが云えるのか」
耕平は不機嫌そうに口を開く。
結局、指輪はしているが耕平の妻らしき人物は現れなかった。
外出中か訳ありなのかは不明だが、茄緒もその話題には触れることはなかった。