檸檬の黄昏
川沿いの空き地に耕平の車を見つけた茄緒は、自分の車を近くに停車させた。

そして自分の車から長いこと使っていなかった釣竿を取り出す。
他に書類の入ったファイルを持つと、川原へ下り耕平を探した。

川原で電子煙草を吸っている耕平の姿を見つけ近寄ると隣に腰をおろした。

耕平は唖然としながらしかし何か嫌な予感がしたのか、茄緒を見ないようにしている。


「小夜さんに以前、坂口さんの会社で事務員を募集しているとお伺いしまして」


茄緒は釣竿の釣り針に図々しくも耕平が持参していた練り餌の箱に手を伸ばし、使う。

子供の頃から釣りが好きだ。

しかしモデル業を始めた頃には日焼けにも気をつけなければならず、遠ざかっていた。
さらに療養とアルバイトで数年が失われ数年ぶりのフィッシングである。

蛍光色の浮きがぷかりと浮かぶ。

本題に入る。

「単刀直入に申しあげます。雇って下さい」

隣には同じく竿を振った耕平がいる。
電子煙草を口にくわえ、蒸気を吐き出した。

「定員オーバーだ」
「なあんだ。じゃあ……なんて、納得するとおもいますか?」

正面を向いたまま煙草をふかす耕平を見る。

「坂口さん、また嘘をついてますよね?」
「ついてない」
「じゃあどうして、わたしのことを見ないんですか?」

耕平は茄緒を見ようとしていない。
これは炭事件の時と同じ反応である。

「おれだけじゃ決められない。敬司にも訊かないとな」

面倒そうに耕平が口を開く。

「その点については、ノープロブレムです」

茄緒はスマホを取りだし動画再生する。

『おれは茄緒ちゃん雇用でオッケーだ。というか茄緒ちゃん以外は認めないからな。というわけで、よろしく~』

スマホ画面の中で巨漢、敬司が笑顔で手を振っている。


「あの野郎」
「ね?というわけで、あとは坂口さんの許可だけなんです。雇って下さい。お願いします」


茄緒は手を合わせ、懇願する。
耕平は嫌そうに口を開く。


「………履歴書は?」
「持ってきてます」


茄緒はすかさずそれを差し出した。

まさか持参していると思っていなかった耕平だったが、断るわけにもいかなくなり受け取ると、しぶしぶ目を通す。

「モデル以外にも色々経験はあるようだな。事務仕事はできるのか」
「はい。大丈夫です。パソコン関係全てできます」

耕平は頷き質問は続く。

「英語は?」
「I have studied abroad for about half a year, and I can speak simple everyday English.
(半年ほど留学経験があります、簡単な日常英語はできます)」


茄緒は英語で答え、耕平はため息をつく。


「流暢ではないが……まあ、いいだろう」
「やった、いいんですね!」


茄緒は笑顔で万歳する。
背後にビクトリー、の英文字が見えた。


「アルバイトでいいんだな?」


それ以上はもっとスキルが必要だ、と耕平が付け加える。


茄緒は頷く。


「実は、道の駅でも働いてるんです。ダブルワークになりますので、アルバイトで結構です」


茄緒は答え、何か云いかけた耕平を遮るように、更に茄緒は続ける。


「ダブルワーク禁止ではないですよね、敬司さんに確認済みですよ?その代わり雑用も色々やりますね。よろしくお願いします」


茄緒が笑顔を見せる。


何やら狐につままれたような表情の耕平である。
川に投げ入れていた、茄緒の竿の浮きが沈む。

茄緒はそれを見逃さず、すかさず竿を上げると、大きなヤマメが釣れた。


「やった!坂口さんより先に釣れた。わたしの勝ちですね」


耕平の空のバケツを覗き、茄緒は満足気だ。

山の魚はやっぱりヌルヌルしますね、と云いながらも手際よく釣り針を外し、バケツに入れる。

耕平が表情を崩さずに口を開く。


「勝負はしてない」
「わたしは、してます。気にしないで下さい」


笑顔で茄緒が返事をするが、どことなく楽しそうだ。



青空の下で急遽行われた面接は、様々な収穫を得たようだった。

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