檸檬の黄昏
無事にパーティーを終えたら帰り道。
休憩のため、高速のパーキングに立ち寄った。
耕平は喫煙所で電子煙草をふかしている。
ジャケットとベスト、ネクタイは既に外し車の中へ投げ捨て、スラックスにボタンを開けたシャツ姿だ。
ドレスにロングコートを肩に羽織った茄緒は、自動販売機で二本、缶コーヒーを購入すると車に戻る。
やがて運転席に戻った耕平に一本渡し、茄緒は自分の分の蓋をあけた。
「耕平さんって、身仕度整えると別人ですね」
再び高速を走り始めた車の助手席で茄緒は笑い、缶コーヒーに口をつける。
敬司が女に囲まれて終わってしまうという意味を、身を持って知ることが出来た。
「そうか?」
肩肘を窓際に乗せ頬杖をついて運転しながら、耕平はいつものように無感情である。
違うことは髭がなく髪型が整えられていることだ。
その頭髪も乱れつつある。
しかしその乱れ髪もどことなくセクシーだ。
「あんたこそ」
「はい」
「正直、勃起したけどな」
ストレートな言葉に茄緒は、助手席で飲んでいた缶コーヒーを吹き出すところだった。
「それは褒め言葉ですか?」
ああ、と感情のない声が却ってくる。
天然なのか、わざとなのか。
この男はよくわからない。
「気に入ってもらえて良かったです」
なんてことを云うんだろうと、茄緒は呆れながらも生真面目に返答する。
隣で前を向き運転する耕平はいつもと変わらない。
「どこかで飯でも食って帰るか」
耕平が言った。
「食べてる時間なんて、なかったですもんね。缶コーヒーみたいに、自動販売機でご飯買えたら、いいですよね」
茄緒の呟きに、耕平の瞳が反応した。
しかしそれには気づかず、夕食のメニューを頭に浮かべ口にする。
「ラーメンと餃子かなあ。牛丼大盛温玉付きも捨てがたいな。なんだか、ガッツリ行きたい気分です」
茄緒が元モデルとは思えない食事内容を口にし、ヨダレをたらす。
とはいえ彼女は今日の為に努力をしたのだ。
何かご褒美があっても良いかもしれない。
「両方食うか」
「そうしましょう。わたしは平気ですよ」
「バーベキューも、かなり食ってたからな、あんた」
耕平は呆れ気味に口を開いたが、どこか楽しげだ。
「耕平さんが少食なんですよ。食べることは、生きることです」
茄緒が助手席で笑顔をみせる。
茄緒は少食と云ったが、耕平は成人男性であり、それなりのカロリーは摂っている。
「わかった。ではそうしよう」
「やった、了解。賛成です」
茄緒は手を叩いて喜んだ。
耕平も表情穏やかに見えた。
二人を乗せた車は夜の緩やかな坂道を登り始めていた。