檸檬の黄昏
時は流れ季節は、梅雨に突入した六月である。
どんよりとした空と、じめじめとした空気。
まとわりつくような暑さだったり寒さだったりを繰り返している。
茄緒の自宅の檸檬の木は、これから夏本番になる事を待ちわびているように見えた。
「今日も雨ですねえ」
茄緒は事務所でため息をついた。
雨の日はジョギングを休んでいるので、茄緒は道の駅には車通勤をしている。
茄緒は碧い半袖ワンピース、敬司も耕平もサイズや色も違うが、それぞれTシャツにハーフパンツ姿だった。
二月の親睦会以来、髪も切らず髭も剃っていないので耕平の無精髭が目立つ。
ちなみに小夜が作ったものではなく既製品である。
小夜の服は秋から冬用中心で夏物は、ほぼない。
理由は夏物は買った方が質が良いから、ということらしいが夏物は直ぐに買い替えが多いので、面倒というのが本音かもしれない。
「しばらく太陽を見てない気がします」
「おれは見てるよ」
「?」
敬司の言葉に茄緒が顔を向けると、パソコン越しに茄緒を両手で指を差す。
「茄緒ちゃん♪」
「まあっ!やっだ~、敬司さんったら」
茄緒が顔を照れたように身体をくねらせる。
いくら茄緒が美女であるとはいえ、三十前の女にしたら痛々しい。
「敬司が耕平もそう思うだろう」
敬司が話をふる。
「くだらねえこと云ってないで、仕事しろ」
パソコン画面から目を離さずに、ぶっきらぼうに返すだけだった。
つまんねえと敬司が舌を出し、茄緒はまあまあと敬司をなだめる。
「でもまあ、こんなに雨ばっかりじゃ、気分が滅入るよな」
と敬司が呟く。
「今度の休日、ツーリングに行こうかと思ってるんだけど。降られるかねえ」
敬司は大型バイクと免許を所有しており、休日は出張が無いときは出かけているそうだ。
「わたしも今度のお休みの日、弟が来るんですよ」
茄緒が云った。
「茄緒ちゃん、弟さんがいるんだ」
「はい。ようやく家も働き口も落ち着いたので、久しぶりに会うんですよ。楽しみなんです」
茄緒が笑顔をみせた。
「おれは独りだから兄弟がうらやましいよ」
敬司が云い、
「耕平のところは、お兄さんだっけ」
ああ、と耕平は気のない返事をする。
しかし子供の頃から海外で生活し、尚且つ向こうで結婚して暮らしているため、何年も会っていないらしい。
両親もずっと海外で暮らしているそうだ。
「ご両親は呼ばないの?」
「両親はもういないんです。だから弟は、ひとりだけの肉親なんですよ」
そうだったんだ、と敬司が申し訳ないように落ち込み、茄緒は慌てて気にしないで下さい、となだめる。
「梅雨が終わったら、またみんなでバーベキューしよう」
敬司が提案する。
「いいですね。楽しみです」
茄緒は頷く。
あの時は冬の入口で気温が少し寒かったが、今は暑い。
日焼け止めはいるかと茄緒が呟きながら、クッキーをつまむ。
ちなみに取引先から頂いた高級菓子だ。
一作業終えた耕平が、ため息をつく。
「またおれの家を使う気なのか」
「他に、あるの?」
耕平の言葉に敬司と茄緒が一緒に返事する。
「耕平さんの作ったデザートとか。串焼きも美味しかったし。あ、また釣りに行きましょうね。塩焼き食べたいです」
茄緒が再びクッキーを口の中へ放り込む。
「楽しみだな」
敬司が笑った。
耕平の瞳に笑顔で敬司と会話する茄緒が映っている。
ゆっくりと耕平の瞼は伏せられ、次に映ったものはパソコン画面だった。