檸檬の黄昏
相川涼
茄緒の休日。
梅雨の間のつかの間の晴れの日である。
今日は耕平の会社も道の駅バイトも休みなので、布団干しや洗濯など茄緒が家事に勤しんでいた。
一台のコンパクトセダンが茄緒宅の庭に侵入し、停車する。
そして背の高いひとりの若者が運転席から姿を現した。
細身だが筋肉質な躯に黒いポロシャツ、黒いパンツを身に付け、腕には黒いシンプルな腕時計をしている。
「茄緒、元気か?」
茄緒に似た眉目秀麗な美青年で名前を相川 涼(あいかわ りょう)といい、茄緒の弟である。
四歳年下で二十六歳の涼はスーツアクターをしており、特撮を中心とした仕事をしていてアクションに定評があり、マニアには人気上昇中の男だった。
元々はスタントマンをしていたのだがスーツアクターへ切り替え、現在に至る。
芸名では青柳 涼(あおやぎ りょう)を名乗り、涼という名前は本名を使っていた。
姉とは真逆で運動神経がよく運動全般得意だが、一番のお気に入りはストリートダンスだ。
身長も一八六センチあり、その長身と整った容姿から、近頃は特撮以外の仕事も増え知名度も上がっている。
茄緒は一通り家事を終え弟を部屋に招き入れた。
涼は十畳の居間に通された。
耕平の事務所では机三台を寄せあい、パソコンを置き資料がひしめいている場所だが、茄緒の家では家具を仕切りとして使い小さなテーブルがひとつ、置いてあるだけだった。
冬にはコタツとして使うテーブルである。
家の中を見回しテラス沿いに置かれていた檸檬の木を見つけ、近寄り身を屈めた。
「これ、何の木?すげえトゲ生えてる」
爪楊枝が生えてるみたいだ、とトゲを指先で触る。
「檸檬よ。見切り品だったんだけど、元気になってきたの」
「ふーん。姉ちゃん昔から、こういうの好きだよな。植物とか生き物とか」
茄緒は答え氷入りの麦茶の入ったコップをテーブルに置いた。
涼も檸檬の木から離れ、テーブルにつく。
「ナビなんか一本道しか表示しないし、店もないし。超田舎だよな。道の駅に寄ったけど何もなかったぞ」
と涼は口を尖らせた後、麦茶のコップを飲む。