檸檬の黄昏
それを訊いた茄緒は小さく笑う。
「道の駅のコロッケ、食べた?」
「数量限定のやつ?売り切れだったよ」
「弟、これが食べたいか?」
茄緒が勝ち誇った笑いと共に、紙袋をかかげる。
ご当地コロッケ、の名前入りだ。
「食べたいです!」
「可愛い弟のために、買っておきました」
「さすが、お姉さま」
涼は笑うと受け取りコロッケを食べ始めた。
その様子を見ながら茄緒は座布団に座る。
「ちゃんと食べてるの?」
「ああ心配すんなよ、体重制限があるくらいだから、気をつけてるよ」
「そっか」
「姉ちゃんこそ」
涼は茄緒を見た。
「身体、大丈夫か?無理すんなよ」
弟の心配そうな顔に、茄緒は笑顔を見せた。
「大丈夫よ、もう元気」
涼はコロッケを食べる手を止め、姉を見る。
「茄緒、知ってるか?あいつ、この近くにに来るかもしれない。講演会なんだとさ。だから、その辺りは仕事休んでろよ」
言った後にコロッケをかじる。
飲み込み、再び口を開いた。
「しぶしぶ離婚したからな。絶対に逆恨みしてる。もし見られたら、なにされるか」
「もう時間も経ってるし、忘れてるわよ」
「そんなわけねえだろ。あいつは粘着体質だ。今度こそ、あいつ赦さねえからな」
涼の言葉が荒くなる。
拳を握りヒートアップ気味の弟に、茄緒は笑顔をみせた。
「赦さないのは、テレビの中の怪人だけにしなさい」
興奮を抑えるように茄緒は人差し指で涼の額を突っついた。
涼は額を押さえる。
再び何か云おうとする弟に、茄緒は微笑した。
「わかった。気をつける。だから心配しないで」
茄緒はありがとう、と言い弟をなだめる。
茄緒も本当はわかっている。
禿はそう簡単に諦める人間ではない。
しかし弟にこれ以上、心配をかけたくないのだ。
「ねえゲームでもやらない?暇だし」
茄緒がテレビにゲームを繋ぎ涼ならクリア出来るかも、とコントローラーを渡した。
「姉ちゃん。実は、おれ」
コントローラーを持ったまま、云いにくそうに口を開く。
「ドラマに出ないかって云われてるんだ。あとスポンサーCMとか。でも、おれが表に出ると、あいつが詮索するんじゃねえか気になって」
涼は自分を試したいし、大きな仕事を掴む機会でもあるから、引き受けたいに決まっている。
それを渋っているのは、前の夫に顔が分かっていることで、茄緒に危害が加わるのではと心配しているのだ。
茄緒は弟の前に座る。
「わたしなんか気にしないで引き受けなさい。大物になる大チャンスでしょ?そんなありかたいお話、断る方がどうかしてる」
茄緒は笑う。
「涼が一流になったら、わたしを養ってもらうんだから。稼いでもらわないとね。応援してる」
茄緒は涼の手を両手で握る。
涼は照れたように頷いた。
「ありがとう、姉ちゃん。おれ頑張る」
それからはその話題には触れず、ゲームを楽しみ、茄緒の手料理を食べて姉弟の時間が過ぎていった。