檸檬の黄昏
相川茄緒は俗にいうバツイチである。
結婚をしたのは五年前。
二十四歳の時だ。
結婚生活は一年だったが交際期間は七年あった。
高校の同級生で初めての交際相手でもある。
離婚理由はその夫からの暴力、身体的DVと精神的DVだった。
話しは学生時代までさかのぼる。
大学時代に高身長を活かし興味で始めたアルバイトがモデルだった。
だが当時の茄緒はモデルはアルバイトだけのつもりでおり、将来続ける仕事としては考えておらず、自分なりに語学やパソコンスキルを身につけ堅実な職業に就こうと考えていた。
学校からの推薦で無償で海外に短期留学したこともある。
茄緒の美貌、身長は人を魅力し、アルバイト先の事務所から本職としてやってみないかとスカウトを受ける。
後の夫になる当時の恋人にもすすめられ、モデルとして活動することを決意する。
九頭身のプロポーション、少しだけミステリアスな瞳、美しい顔立ちが人を惹き付け瞬く間に人気は上昇した。
国内海外の様々なコレクションに参加し経験を積み、自分自身を成長させていった茄緒だったが、二十四歳の時にプロポーズされ結婚した。
周囲から見れば羨む結婚に見えたに違いない。
両親を早くに亡くし今は肉親は弟ひとりだが両親は仲が良く茄緒もそれに憧れていたので、幸せな生活を送ると信じて疑わなかった。
しかし直後から夫の暴言と暴力が始まり悪魔に豹変した。
茄緒は暴力を奮われるたびに自分が悪いのだと責めた。
夫は疲れているのに、自分の無力が原因で苛立たせてしまうのだと。
そんなある日、決定的な出来事があり茄緒はついに離婚した。
いや、離婚させられたという方が正しい。
二十五歳の時だった。
夫は離婚に反対だったが向こうの両親が離婚届けに判子を押させたのだという。
というのも茄緒のこの頃の記憶は曖昧で、よく覚えていないのだ。
世間体が悪くなる、息子の将来に傷がつく、という理由だったが茄緒自身も本当に夫を愛していたのかわからなくなり、離婚に応じた。
心配していた弟を安心させるためという理由もある。
モデル事務所からは退職し二年間は療養とショックで引きこもりになり、茄緒は世間から忘れられていった。
二年前から徐々に外に出るように努力して一年前はアルバイトに没頭し、ある程度の金がたまり一からやり直すつもりで茄緒は引っ越した。
それが現在の茄緒である。
一からやり直す。
理由のひとつには間違いないが、元夫が場所を探り再び現れることの恐怖の方が強かった。
元夫は恨んでいるに違いない。
世間では愛想の良い男だったが裏に回れば負の塊の人間だったから。
今の家が一年で契約終了というのも同じ場所に止まりたくない茄緒にとっては、都合が良かった。
大きな音、怒鳴り声、ショックな事があると動悸が起こり身体が震え、あの嘲笑う影が現れる。
身体の傷は癒えたが精神的な傷は治りが遅い。
服の上から腹部をなでた。
前夫から受けた傷跡がうずくのだ。
今の季節は乾燥がすすんでいるので、腹の傷が突っ張ることがある。
お風呂でも入ってクリームでも塗ろう。
モデルはあきらめたが自分の人生はこれからと、茄緒は決意したのである。