檸檬の黄昏

それぞれがのそれぞれの休日を過ごした次の日。

事務所に三人が揃う。
ツーリングを楽しんだ敬司は、途中で買ったという土産の菓子箱を何箱か持ってきた。
温泉饅頭である。
中身はつぶ餡だ。
茄緒は喜んで受け取り早速、開けてお茶の準備をする。


せっかく遠出したから商談相手にも会ってきた、と敬司は云った。


茄緒は熱い落ち着きを淹れた湯飲みと、小皿に乗せた饅頭を耕平と敬司のデスクに置きながら弟が来たこと、ゲームで負けたこと、耕平と釣りをして勝負が着かなかったことを話した。


デスクでパソコンに向かっていた耕平が、顔を上げため息をつく。


「おれが勝っただろう」
「確かに数では耕平さんでしたが、大きさではわたしの勝ちです」
「数勝負だ」
「大きさです」


と、お互い譲らない。


「夫婦喧嘩はやめろよ」


敬司がダメージ混じりになだめる。


「誰が!?」


と、同時に抗議の声を上げたふたりを見て敬司が両手で、どうどう、と手で抑える仕草をする。


「夫婦喧嘩は犬もゲロ吐くって云うし。ほどほどにしろよ」


有名なものとは似て非なる格言を敬司は云い、ああ、それからと続けた。



「商談相手と会って来たって云ったけどな、二手に別れて取り引き行くしかないぜ。フランスと、サウジアラビア。商品のサンプルは預かってきたから、滞在先で大体の資料は作ってきた」


敬司は資料を束にしたものを取り出す。


「今から耕平にチェックしてもらってオッケーなら、そのまま茄緒ちゃんに飛行機のチケットと、ホテルの予約してもらおうと思ってたんだがな」


敬司の冷静ぶりに耕平も頭が冷えたようだ。
チェアに座り直し耕平は額に手を当て頷く。


「わかった」
「敬司さん、ごめんなさい。直ぐにとりかかります」


大人げなかったです、と頭を下げデスクのパソコンに向かって作業を始めた。


「スマホをで送信しても良かったんだけど、昨日は無理だったろ。いつもならな」


と敬司が耕平に続けた。


「気を使って仕事の話はしなかったのに、茄緒ちゃんと釣りとはねえ」


嫌味を云う敬司に耕平は無言である。


会社を立ち上げてから早、五年。


再開した頃の耕平の荒みはひどく、息をしていることが生存の証としか確認できなかった。
それまで順調にキャリアも生き方も進んでいた耕平にとって、妻を失い仕事も失ったことは、耐え難いダメージを与えたのだろう。

毎年、梅雨の時期のこの日は、亡き妻の墓参りと義理家族の家に行くことを決まりとしていたのだが、今年はいつもと少し違うようだ。


茄緒に関わるようになってから耕平は少しずつ変わっているように見える。
頑なに自分を変えようとしない頑固者のはずが、茄緒には柔軟に接しているようだ。


敬司は頭の中では親友である男に親指を立てる。しかし今回もそれを表には出さなかった。


「なるべく早くがいいですか?」


茄緒が訊ねる。


「そうだな。資料は同じで二手に別れるだけだから、早くていいよ。耕平もサンプル確認と資料で行けるな?」


ああ、と耕平が頷いた。


メールで先鋒とやり取りし明後日に現地にそれぞれ赴くことになった。

耕平と敬司は資料を改めて念入りに作成し、実物サンプルを確認、茄緒がそれをまとめる。


耕平がフランスへ敬司がサウジアラビアへと、それぞれあわただしく出て行ってしまった。


今までも二人とも出張はあったし海外も多かったが、こんなに急な出張は初めてだった。


茄緒は誰もいない事務所で大きく息をついた。


メールチェック電話番を任せられ、それを耕平や敬司に確認を取り返信する。


一週間、二人の経営者は不在のまま時間は流れていく。


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