檸檬の黄昏


『地方講演会、禿雅史弁護士』

のチラシが配られたのは最近のことだ。

栗色の髪に、天使のような甘く整った顔立ち。
背も高く、女性から熱烈な支持を受けている。


最近、テレビにもよく出てるよね。
王子系弁護士、カッコいいし、かわいいし、ステキよねえ。


道の駅でもポスターが貼られ話題となっている。


涼が云っていたのは、この事だったのか。
茄緒は理解した。


ポスターの視線が、こちらを視ていて、写真ながらも茄緒は背筋に寒気が走る。

…………


ポスターの禿のが歪み、黒い怪物となって茄緒に近づき茄緒を苦しめる。

しばらくこんな風にはならなかったのに

耕平に事務所で叱られても、影は現れなかった。

もう克服したと思っていたが違うようだ。

茄緒は震えと冷や汗が止まらなくなり、足が震える。


オマエハ ボクノ………


おそらくこれは最後に訊いた言葉だ。

身体に痛みが蘇ってくる。

これは幻覚、幻聴。
現実じゃない。

わかっているのに茄緒は足がすくんで動けなかった。


茄緒ちゃんにお客さんだよ、と声をかけられ、茄緒は我に返る。


「ナオさん……」
「石田さん」


記者の石田が立っている。

石田は茄緒が動けずにいた理由を瞬時に理解した。


「とりあえず場所を変えましょう、今日はナオさんの取材に来たんですよ」



道の駅のベンチに場所を変え、茄緒と石田は腰を下ろした。


「大丈夫ですか?」


茄緒は頷いたが顔色は悪く、いつものようには返事が出来なかった。


「ナオさん、ありきたりの言葉しか云えませんが……自分を大切にして下さい。粘着体質な男ですから身を隠すこともありですよ」


石田は心配げに云った。


茄緒は石田を見た。
この台詞には聞き覚えがある。


「この前」


茄緒が口を開いた。


「弟にも同じことを云われました。仕事は休むようにと」


石田は頷く。


「弟さんの、おっしゃる通りですよ。ナオさんの弟さん……涼くんでしたよね。彼の為にも大事にして下さい」


石田は微笑し茄緒は赤面する。


石田は、優しい。
彼の薬指には今日もシルバーの指輪が光っている。



奧さまは幸せだろうなと茄緒は石田を羨ましく、と同時に微笑ましく思った。



茄緒が落ち着いた様子を見て、石田が話題を変えた。


「ところで。道の駅の美人売り子さん。ナオさんだろうな、とは思ってましたよ」


道の駅の店長には撮影許可は貰ったが、茄緒の許可待ちだという。
しかし、茄緒の名前や顔を出すことは危険が及ぶかもしれないので、ぼかして掲載ではどうか、と提案を受けた。


茄緒は石田の提案を受け入れ、道の駅を紹介しながらの取材を楽しんだ。


後日、地方新聞に石田の提案通りに、名前や顔写真は出さずに掲載された。
しかし、これはふたりともに判断が甘かったと、思い知らされることになるのだ。

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