檸檬の黄昏

「ここで大丈夫です、すぐ止みますから」

茄緒は答えたが、


「あほか。今さら何を遠慮してるんだ」


耕平は呆れながら靴を脱ぎ、さっさと奥へ消えて行ってしまった。


この一帯は山なので次々と雷雲が発生する。
今日の雷はしばらくは止みそうにない。


茄緒もそれを分かっていたが耕平は一応、既婚者だし罪悪感があるのだ。

あれこれ考えていると、


「いい加減にしろ、風邪を引きたいのか」


部屋の奥から苛立った耕平の声が聞こえた。
覚悟を決める。

「お邪魔します」

茄緒は靴を脱ぐと揃え玄関奥へ進む。

茄緒の家も事務所も間取りは同じだから、わかっている。

身成は不精者な耕平だが家の中は整然としていて何もない。

ソファ、テーブル、テレビ。

リビングには黒で統一してある、その三点しかない。
まるで展示セットのようだ。

家の中を眺めていると茄緒の頭にタオルが被せられる。

そのままキッチンに向かいコーヒーメーカーのセットをして、スイッチを入れた。
風呂の準備をする。

非常に手際がよい。


(ひとり暮らしの男性って、こういうものなのかな。あ……でも耕平さんは結婚していた事もあるし。慣れてるのかな)


耕平自身も海外から帰国したばかりであり、長時間のフライトで疲れているはずだ。
しかも空港までは車で高速を使って三時間はかかる。


(申し訳ないことしちゃったなあ)


立ちち尽くしている茄緒に耕平は自分の服を渡す。



「風呂に入って来い。とりあえずこれを着てろ」



濡れた服は乾燥機に入れるように指示した。


使い方はわかるな、と耕平が訊ね、茄緒はうなずく。


茄緒は風呂を借り身体を暖める。
思った以上に身体が冷えていたのを感じた。

風呂から上がり耕平のティーシャツとハーフパンツを借りる。
茄緒とはいえ、やはり耕平のサイズは大きい。

ドライヤーで髪を乾かしリビングに戻ると、耕平はシャツとスラックス姿のままソファーに座り、電子煙草をふかしていた。

テーブルの上にはホットコーヒーの入ったマグカップがひとつ乗っていて、湯気がたっている。

あるものしかないからな、と耕平が云った。

茄緒はテーブルの前に座るとカップに口を付け、飲み込む。

ようやく一息つけた気がして、ため息をついた、




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