檸檬の黄昏
茄緒の不安が小さくなった頃。
元夫である禿雅史のところへファンレターが届いた。
講演会予定の地方ファンから、その日の新聞が送られて来たのだ。
そう、茄緒の後ろ姿が掲載されているあの新聞だ。
自宅マンションでソファに座りそれを見ていた禿はひとり呟く。
「ようやく見つけた。ぼくの可愛い茄緒」
禿の天使のような顔の口元が残虐に吊り上がる。
「さあて。どうやったら喜んでくれるかな」
親指を口の端にあてる。
茄緒は美しい。
芸術の神がいるならば、その神が総力を注ぎ、傑作として世に送り出したのだろうと思わせるほどだ。
小さな顔に整った目鼻立ち。
長い手足、決め細かな肌。
金では買えない、美貌。
禿自身も美しさを自覚しており、自分に釣り合う人間は茄緒しかいないと決めている。
努力家という中身も知っているが、地位も財産も手に入れた今の禿雅史にとっては、それはどうでも良かった。
「調べさせてもらうかな。最高の再開をしたいからね」
禿は胸の内で呟き、新聞をテーブルの上に放った。