檸檬の黄昏

わたしには関係ないか……。

敬司がサウジアラビアから買ってきたバクラバをつまむ。

ちなみにバクラバとは中東の方のスイーツで、パイ基地を重ねた間に独特のクリームを入れたもので非常に甘く、海外の味を強く感じるお菓子である。


「わたしも今度の休みは、可愛い可愛い弟と、お墓参りに行くつもりですし」


可愛い、を茄緒は二回繰り返し強調する。


「ご両親のお墓?」


敬司が訊ねる。


「はい」
「そっか。じゃあ茄緒ちゃんが帰ってきたら今度こそ、お盆休みに耕平の家でバーベキューやろうぜ」
「やったー!」


茄緒が万歳して喜ぶ。


「麗香ちゃんもいるし。たまには、みんなで食べようや」
「あ、じゃあ、わたしも弟を誘ってみようかな。耕平さんは会ったことありますよね」


茄緒が続ける。


「わたしと違って社交的な性格ですから。来たら来たで、すぐ馴染みます」
「あのな」


黙っていた耕平が口を開いた。

承諾なしに勝手にバーベキューの会場に指定されて、話しを進められているのだから不機嫌になるのも無理はない。



「どいつもこいつも、勝手ばかり云いやがって。いい加減にしろ。そして就業中に菓子を食うな」



ご機嫌はかなり斜めである。


しかし茄緒は目を見開き驚いたように、



「怒ってるんですか、耕平さん。まあ、こわい」



耕平を逆に煽る。
耕平の不機嫌などもう慣れてしまった。



「耕平さんだって、煙草吸ってるじゃないですか。しかも室内で」



茄緒が舌を出した。


さらに耕平の苛立ちが上がるところで茄緒は笑った。


「でもまあ、耕平さんのプライベートばかり流出してますもんね。わたしもバラしちゃおうかな?」


ふふ、と茄緒は悪戯っぽく笑みを浮かべ、美しい指先を魅力的な口元に当てる。



「耕平さんだけじゃズルいですもんね。わたし、実はバツイチなんですよ」



茄緒が腰に手を当て胸を張る。



「耕平さんと違って、協議離婚ですけどね」
「そうだったんだ。知らなかった、茄緒ちゃん若いのに苦労してるんだな」



敬司が真面目に返答する。


「ひょっとしてモデルを辞めたのって、その事に関係してる?」


ズキリと茄緒の胸が鳴る。
調子に乗って自分から口にしたものの、これ以上は云いたくない。


「ええ。……はい」
「よく分からないけど、その男クソっぽいな。茄緒ちゃんみたいな綺麗で可愛い人を、離婚に追い込むなんて。次はいい男みつけないとな」


敬司が鼻息荒くして怒っている。
茄緒は無意識に手を腹にあてた。


「あまりいい別れ方をしなかったんです。わたしはもう、結婚にはこりごりなので、考えてません。もう少しで三十路突入ですし、そういう人も現れませんから」


茄緒は神妙な顔をして、ひとり頷く。
そうしてから頭の上で手を合わせ、耕平に拝む仕草をする。


「だから耕平さん。淋しい女の楽しみを奪わないで下さい。一緒に楽しく時間を過ごしましょう。また今度釣りに行きたいです」

「知るか」


耕平は不機嫌なままだが茄緒はある事に気づいてしまった。



耕平が指輪をしていない。



いつも薬指にしていたあの指輪。
この前のどしゃ降りの日は確かにしていた。

忘れてきたのか、とも思ったが今までそんなことなかった。


まさか麗香とそういう仲になったのか、と茄緒は勝手に想像し訝しげな視線で耕平を見てしまう。

耕平は茄緒の視線には気づかず煙草をふかしている。
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