檸檬の黄昏
再会
「お疲れさまです」
「お疲れ。涼くん、またな」
都内の某テレビ局である。
朝のワイドショーにドラマ番宣に呼ばれていた茄緒の弟、涼はその役割を終え、別の現場へ向かう所だった。
アッシュピンクに染められた頭髪、デザイン入りティーシャツに赤チェック基調のネルシャツを羽織り、ダメージジーンズ。
皮とシルバーのアクセサリーをしている。
俳優として活動を始めた涼は評判も上々で、あちこちの企業からCMやイメージキャラクターとして依頼を受けるようになった。
関係者用通路を使い地下の駐車場に出る。
スタッフとマネージャー共にテレビ局をハシゴしたが、今からはまた違う撮影があるので、自分の車に向かう途中だった。
駐車場に一台の黒い高級外車が駐車している。
それ自体は珍しくないし通りすぎようとした時、外車の扉が開きスーツ姿の男が姿を現した。
背の高い天使のような美貌。
涼の歩みが止まる。
その男を忘れるはずがない。
「禿雅史………!」
涼が口にすると、禿が気づいた。
「おや、君は」
美しい笑顔のまま禿が笑った。
涼の前で歩みを止める。
「近頃きみをよく見かけるよ。テレビ、ラジオ、街のポスターなんかでもね。相川涼君………いや、青柳涼君だったな」
名前を呼ばれ背筋がゾッとした。
背筋を不気味な影に撫でられているような感覚だった。
一方、禿は古い友人に再会したような、懐かしむ目をしている。
「お姉さんは元気かい?久しぶりに会いたいな」
「てめえ……茄緒をあんな目に合わせておいて、ふざけんな!」
涼の瞳には、いつもの人懐こい影はどこにもない。
怒りと憎悪の炎が渦巻き、嫌悪感がむき出しだった。
しかし禿はそんな涼の怒りなど感じていないような、軽い口調である。
「きみは勘違いしているよ。ぼくは茄緒を愛しているんだ。だから、きみには何もしないよ。弟だからね、茄緒の」
笑顔のままそう云った禿の瞳は笑っていない。
それも一瞬で、またいつもの天使の笑顔に戻る。
「ここで問題を起こしたら、お姉さんが失望するんじゃないか?まあ僕はかまわないけど」
仕事があるから失礼するよ、と禿は涼の横を悠々と歩いていく。
涼は怒りに震え呼吸を荒くしたまま目を閉じる。
そうだ。
あんなクソに負けてたまるか。
この仕事を続ける限り、また禿とはこういう事もあるかもしれない。
それは覚悟していたことだ。
それに逆に向こうの動向を見張るのに都合が良いのではないかと。
今日の番宣は茄緒も視ている。
鋭い茄緒は自分の動揺をすぐに見抜く。
それを感じさせてはダメだ。
自分は役者なのだと言い聞かせ、次の現場へと向かった。