檸檬の黄昏
茄緒が出勤する前の午前中の事務所である。
朝から委託注文が入っていたので耕平と敬司の二人はパソコンに向かい処理をしている。
服装はいつものラフな格好で耕平は髭がだいぶ目立つようになった。
敬司も髭はあるが口回りだけに限定し、綺麗に手入れされている。
ある程度進めたところで敬司が耕平に声をかけた。
紙巻きの煙草をポケットから取り出し、火をつける。
茄緒がいないことを良いことに好き放題のようだ。
「この事務所も、おまえの家も。今年一年で終わりの訳だがな、耕平。移転ついでに事業拡大しないか」
耕平は瞳を動かし敬司を見る。
銀行の融資は受けられるぞ、と敬司が煙を吐き出す。
「茄緒ちゃんが来てから、仕事の効率があがっただろう。他に営業とか一通り雇って、おれたちは経営に集中した方がいいんじゃないか?まあ茄緒ちゃんの処理能力が早い、というのもあるがな」
敬司が云った。
過去に何人か事務員は雇ったことはある。
しかし言語の壁や書類作成その他の雑務につまずき、すぐに辞めていった。
給与は悪くないが仕事内容についていけなかったのだ。
耕平はパソコンの手を止め椅子に背中を預ける。
「茄緒は、あくまでも臨時要員だ。辞められた時が困る」
「そう、それそれ。もうアルバイトじゃなくて、正式にうちで働いてもらおうぜ」
敬司が続ける。
「ふたつ掛け持ちするより、うちで働く方が保険もつくし年金もでる。給与や待遇も違うし、悪い話じゃないと思うぞ。何より茄緒ちゃんの才能、もったいないだろう」
敬司の言葉に耕平は異論はない。
茄緒が川まで追いかけてきて面接をした時。
最初は敬司と結託して口裏を合わせていたのかと思っていたのだが、そうではないらしい。
「優遇して入れることは簡単だが、仕事内容に付いて来れるかは分からないからな。業務内容で必要なことは訊かれるかも、としか云ってない」
茄緒は最初こそ色々つまずいたものの、二ヶ月程度で業務をこなすようになり、さらに二月の親睦会では横の繋がりは増やし、得意先からはいまだに茄緒目当ての連絡が来るほどだ。
「あの時の茄緒ちゃん、すげぇ綺麗だったよな。またああいう服、着て欲しいぜ」
敬司が顎を撫でる。
耕平も無言で電子煙草を取りだし、耕平は口にくわえると煙を吐き出す。
「茄緒はともかく。おれは事業拡大には反対だ」
耕平が口を開く。
「代行に委託しなくても、個人でもやれるからな。今はありかもしれんが、風呂敷を広げると収集つかなくなる」
個人経営ながら、利益の面でも耕平はそれなりに満足していたのだが、どうやら敬司は違うようだ。
「耕平。黙ってたけどな」
敬司が切り出した。
「おれは不動産業を始めようかと思ってるんだ。元々、ここはうちの土地だし」
敬司が云った。
「四十歳までは今の委託会社はでかくする。でもそれ以降は、不動産と掛け持ちにしようかと思ってるんだ」
だからそれまでに資産を作っておきたい、とも話した。
「もちろんおまえとは、これからも一緒に仕事はしていくつもりだ。ただ、おれは先に考えがあることも分かってほしい」
耕平は頷いた。
「わかった」
転機を迎える時期なのかもしれない。
敬司に誘われてから五年。
今までは仕事を取ること安定させること維持することに集中してきた。
しかしこれからは、更に発展を考えていかなければならないようだ。
「それなら敬司。ひとつ案があるんだが、訊いてくれるか」
「もちろんだ。むしろ待ってたぞ」
敬司が白い歯を見せて笑う。
かつての自分は自らを変えずとも、やっていけると信じていた。
しかし年月が流れ、そういう自分に疑問を持ち指輪を外した。
過去は変えられないが未來のために自分を変えることも悪くない、と耕平は考えるようになっていた。
朝から委託注文が入っていたので耕平と敬司の二人はパソコンに向かい処理をしている。
服装はいつものラフな格好で耕平は髭がだいぶ目立つようになった。
敬司も髭はあるが口回りだけに限定し、綺麗に手入れされている。
ある程度進めたところで敬司が耕平に声をかけた。
紙巻きの煙草をポケットから取り出し、火をつける。
茄緒がいないことを良いことに好き放題のようだ。
「この事務所も、おまえの家も。今年一年で終わりの訳だがな、耕平。移転ついでに事業拡大しないか」
耕平は瞳を動かし敬司を見る。
銀行の融資は受けられるぞ、と敬司が煙を吐き出す。
「茄緒ちゃんが来てから、仕事の効率があがっただろう。他に営業とか一通り雇って、おれたちは経営に集中した方がいいんじゃないか?まあ茄緒ちゃんの処理能力が早い、というのもあるがな」
敬司が云った。
過去に何人か事務員は雇ったことはある。
しかし言語の壁や書類作成その他の雑務につまずき、すぐに辞めていった。
給与は悪くないが仕事内容についていけなかったのだ。
耕平はパソコンの手を止め椅子に背中を預ける。
「茄緒は、あくまでも臨時要員だ。辞められた時が困る」
「そう、それそれ。もうアルバイトじゃなくて、正式にうちで働いてもらおうぜ」
敬司が続ける。
「ふたつ掛け持ちするより、うちで働く方が保険もつくし年金もでる。給与や待遇も違うし、悪い話じゃないと思うぞ。何より茄緒ちゃんの才能、もったいないだろう」
敬司の言葉に耕平は異論はない。
茄緒が川まで追いかけてきて面接をした時。
最初は敬司と結託して口裏を合わせていたのかと思っていたのだが、そうではないらしい。
「優遇して入れることは簡単だが、仕事内容に付いて来れるかは分からないからな。業務内容で必要なことは訊かれるかも、としか云ってない」
茄緒は最初こそ色々つまずいたものの、二ヶ月程度で業務をこなすようになり、さらに二月の親睦会では横の繋がりは増やし、得意先からはいまだに茄緒目当ての連絡が来るほどだ。
「あの時の茄緒ちゃん、すげぇ綺麗だったよな。またああいう服、着て欲しいぜ」
敬司が顎を撫でる。
耕平も無言で電子煙草を取りだし、耕平は口にくわえると煙を吐き出す。
「茄緒はともかく。おれは事業拡大には反対だ」
耕平が口を開く。
「代行に委託しなくても、個人でもやれるからな。今はありかもしれんが、風呂敷を広げると収集つかなくなる」
個人経営ながら、利益の面でも耕平はそれなりに満足していたのだが、どうやら敬司は違うようだ。
「耕平。黙ってたけどな」
敬司が切り出した。
「おれは不動産業を始めようかと思ってるんだ。元々、ここはうちの土地だし」
敬司が云った。
「四十歳までは今の委託会社はでかくする。でもそれ以降は、不動産と掛け持ちにしようかと思ってるんだ」
だからそれまでに資産を作っておきたい、とも話した。
「もちろんおまえとは、これからも一緒に仕事はしていくつもりだ。ただ、おれは先に考えがあることも分かってほしい」
耕平は頷いた。
「わかった」
転機を迎える時期なのかもしれない。
敬司に誘われてから五年。
今までは仕事を取ること安定させること維持することに集中してきた。
しかしこれからは、更に発展を考えていかなければならないようだ。
「それなら敬司。ひとつ案があるんだが、訊いてくれるか」
「もちろんだ。むしろ待ってたぞ」
敬司が白い歯を見せて笑う。
かつての自分は自らを変えずとも、やっていけると信じていた。
しかし年月が流れ、そういう自分に疑問を持ち指輪を外した。
過去は変えられないが未來のために自分を変えることも悪くない、と耕平は考えるようになっていた。