檸檬の黄昏

バーベキュー当日。
世間的にはお盆休みの初日である。

晴れたことは喜ばしいが空から降り注ぐ日光は容赦なく暑い。
空気も暑く湿っていて、日向はまとわりつくような暑さだ。

耕平の家の庭にはパラソル、テーブルセットが設置されて、ちょっとしたパーティー会場になっている。
日陰は涼しく過ごしやすいのは、ここの標高が若干高いせいだろうか。

茄緒は道の駅で購入した肉や野菜などを提供し、敬司は湊町の講演会の帰りに買った様々な海産物、耕平が釣りあげた魚などか用意してある。


二個用意されたクーラーボックスには大量の氷が入っていて、そこにノンアルコール飲料、アルコール飲料、ソフトドリンクの缶や瓶が大量に突っ込まれていた。


「茄緒さん、ごめんなさい。言いがかりだったわ」


耕平に促され麗香は頭を下げた。
耕平はその場を離れバーベキューの準備にとりかかる。


「あなたと仲が良いみたいで悔しくて、悲しかったの。あたしは沙織姉さんと耕平兄さんに憧れていたから」


麗香の言葉に茄緒の胸が痛んだ。

茄緒の両親も仲が良く、自分もそれに憧れていた。
結局、自分は思ったような結末にはならなかったが、もしその両親が他の男女とそういう関係になったら複雑だし悲しいと思う。

自分と耕平は男女の関係ではないが、麗香にとっては気が気じゃなかったのだろう。

ましてや麗香は若いし、まだ幼いのだ。
子供の頃の無邪気な涼の姿が脳裏に浮かんだ。


「姉さんは兄さんが好きだったの。本当に……」


麗香が遠い姉を思い出すように呟く。
そんな麗香を見ていると亡くした両親を思い出した。
自分も両親が好きだった。
父も母も、お互いがそんな風に想っていたのだろう、と。


「わたしこそ心配をかけさせてしまって、ごめんなさい。でも、わたしと耕平さんは友達で、仕事仲間なだけです」


茄緒は云った。
再び口を開く。


「それにわたしは、もう恋愛することはありません。安心して下さい」


茄緒は笑顔を見せた。


「わたしも逆の立場だったら、同じことを思っていたかもしれない。……問題は、耕平さんが天然ボケなことです」


麗香は顔をあげ、茄緒は笑う。


「ええ。本当に」
「でしょう?」


二人の美女は笑いあう。
自分のことを云われているとは知らない耕平は、煙草をふかしながら見つめている。

ひとしきり会話した後、茄緒は後から来た涼を自宅まで迎えに行き、麗香は炭起こし作業を始めた耕平の元へ歩み寄る。


「いい人だった。やっぱり、悔しいけど」


麗香は耕平の顔を見上げる。


「ねえ兄さん。あたしには教えてくれても、いいんじゃない?本当は茄緒さんが好きなんでしょ?」


耕平は無言だった。

否定もしなかったそれは、肯定と捉えても良いのかもしれない。
麗香は呆れながらため息をついた。


「これからの人生はもう新しい人と歩んで欲しい。そして、たまに姉さんを思い出してくれたら、それで充分よ。……ひょっとしたら姉さんは、もう天国で違う人を見つけてるかもしれないし」


麗香は云った。


「それにしても茄緒さん、恋愛することはない、なんて云ってた。悩みがあるのかもしれないわよ」


耕平は無言で電子煙草をポケットに戻す。


「まあいいわ。これでパパも安心すると思う。兄さんは息子だと思ってるからね。あたしも現れるかしら、好きな人」


麗香は云うと耕平の家の中へ紙皿や紙コップを取りに行った。
その時、茄緒が弟の涼を連れて戻って来る。


「お久しぶりです、坂口さん。姉がお世話になってます」
< 49 / 85 >

この作品をシェア

pagetop