檸檬の黄昏

涼は笑顔で手を出し耕平は握手する。

アッシュグレーに染められた頭髪、黒色のティーシャツに黒のジーンズ姿である。
役柄で染めたのだが、そのままにしているそうだ。
シルバーのペンダント、指輪をしている。


涼は差し入れに都内の有名スイーツ店で購入したという、デザートを提供した。
プリンやゼリー、ケーキなどの生菓子である。
茄緒が箱を受け取りパラソル下の日陰に移動させる。

耕平が口を開いた。


「訊いたところ君は、俳優をしているそうだな。お姉さんにテレビを見せてもらった」
「本当ですか。照れるなあ」


涼が頭の後ろに手をやり嬉しそうに笑う。

まるで兄か父親に褒められたような反応である。
両親が亡くなったのは、涼がまだ小学生の時だった。
どこかで男の家族に憧れていたのかもしれない。


「茄緒ちゃんの弟さん、イケメンだな。美しい姉弟だ」


敬司が笑う。
最初は敬司の大きさに呆気に取られ圧倒された涼だったが、すぐに打ち解けバイクや車の話で盛り上がっている。


「え。青柳涼?特撮出身俳優の、青柳涼!?」


麗香が運んでいた紙皿を落とした。


ええ、そうです、と茄緒は皿を拾う。


気づいた涼が敬司に挨拶すると離れ、直ぐに茄緒と麗香に近寄り皿を拾い、汚れた分は除くと茄緒の分と重ねて麗香に渡す。


「涼。耕平さんの奥さまの、妹さんよ」
「はじめまして、相川涼です。芸名は青柳涼といいます。姉がお世話になってます」
「西ヶ崎麗香です。はじめまして」


麗香の普段の元気はどこへやら、涼を見つめボウッとしたままだ。

それからは麗香は涼にベッタリだった。
耕平には目もくれない。

隙をみて涼が姉に近寄り顔を寄せ耳打ちする。


「耕平さん、独身じゃねえのかよ?」
「今は独身……かな?」
「なんだ焦った。とりあえず不倫とかじゃないんだな?」


涼はホッとしたように胸を撫で下ろし、茄緒は絶句する。


「不倫って」
「いや姉ちゃんなら、ありえるからさ」


涼は腕組みをして顎をつまみ神妙に頷く。
それから再び顔を寄せ、


「恋愛慣れしてねえから」


と強調して耳元で呟いた。
茄緒は顔を赤くして弟をひっぱたこうとしたが、軽快に避けてすり抜けていく。


「涼、生意気よ!」
「お姉さま、お元気そうで何より!」


涼は姉から走って逃げると、麗香が焼けた串焼きの山を持って追いかけている。

茄緒が頬を膨らませたままコンロで自分の串焼きを始めると、耕平が先に焼いた分を皿に山盛りにして差し出した。


「ありがとうございます」


茄緒は受けとると簡易椅子に座りパラソルの下で片手に肉の串焼き、片手に魚を交互に食べ始める。

耕平がテーブルに冷えたノンアルコールビールとカクテルを置くと、茄緒はビールの缶を飲み干す。


「はあ~、美味しい」


茄緒は至福の表情である。
気分転換出来たようだ。

色々と無言で世話を焼いてくれる上司を、茄緒は改めて目で追う。



「耕平さん、事務所と家の往復だけなのに、筋肉質ですよね」



茄緒がポロシャツから剥き出しの腕に目をやりながら云うと、耕平が口を開いた。


「週三でジムに通ってるからな。休日も何もない時はジムに行ってる。身体が鈍ると、仕事がやりにくい」
「だから土日とか夜、家にいなかったんですね」


茄緒が納得し感心していたが敬司は串焼きを食べながら、どうせワンナイトラブの相手でも探してたんだろ、という心の声を肉と共に飲み込む。


「おれは食べ放題なら週三いられるな」
「店を潰す気か、おまえは」


耕平は云ったが、そんな友人が気に入っているようだった。
茄緒が自分で焼いた串焼きが焼き上がると、敬司に渡す。


「でも敬司さんも太ってる、というわけじゃないですよね?」
「そうかい?アメフトやってたからかな」
「そうだったんですか、どうりで。基本が筋肉な方だな~と思ってたんですよ」


言葉を続けながら更に手際よく焼き、次々に皿に山に盛っていく。
耕平が何かを云いかけ茄緒を見たが。


「食べないとは云わせませんよ」


茄緒の背後に有無を云わさない炎が見えた。
完全に、たちの悪い酔っ払いである。
アルコールは摂っていないが。

敬司にも同じように絡んでいる。
食べさせないといけない、という母親体質というか姉体質というか。
そういうお節介が出ているのかもしれない。

時間が流れ、ある程度食事を進めた涼が庭に段ボールを敷き簡易ステージを作る。


「今日のバーベキューのお礼に、ダンスを披露したいと思います」


スマホからダンスミュージックを選択すると音量を上げ、青葉涼、行きます!と音楽に合わせてブレイクダンスを始めた。
俳優業で視線の送り方、表情作りや仕草など、レベルアップした涼の動きは快活であり滑らかで、爽快な気持ち良さを与えてくれる。

カッコイイ……、と麗香の目は完全にハートマークになっていた。


「弟くんは運動神経抜群だな」


茄緒に散々食べさせられた耕平がお茶の入った紙コップを持ち、余興を眺めている。


「わたし、母のお腹に運動神経を置いてきちゃって。わたしの分の運動神経も吸いとって、弟が産まれたんだと思います」


茄緒は再び串焼きをかじる。
それから耕平を見た。


「麗香さん、すっかり涼に持っていかれましたね。耕平さん、寂しいんじゃないですか?」


茄緒は云った。


「いや。あれが正常だろう。いつまでも、くっつかれても困る。……逆に」


耕平が茄緒を見る。


「今はあんたの方が複雑なんじゃないのか?」
「ええ、複雑ですね。絡み過ぎです」


涼に腕を絡ませ肩に頭を擦り寄せている麗香を見ながら、茄緒は云った。
カクテルの缶を開け、口をつける。
こちらはアルコール入りだ。


「仮に麗香さんと涼がくっついたら。わたしは耕平さんの奥さまの妹と、義理家族になるんですからね」


まあ妄想ですから、気にしていませんが。
茄緒は串焼きの何本目を頬張り咀嚼しながら云った。

自棄食いのようになっている茄緒を眺め、耕平はふっと笑う。
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