檸檬の黄昏


やがて事務所の駐車場に新聞社の社名をつけた営業車が停車し、茄緒が出迎える。
石田の他に男女ふたりの計三人だ。

まず挨拶に来た石田は茄緒に気づいた。


「石田さん」
「あれ。え、ナオさん?」
「はい。ここでも働いているんです」
「ええ!いや驚きだなあ、こんな偶然がありますか?」


石田は驚いたあとに笑った。


「最初は鉱泉で次には道の駅。次は今ここですよ?それ以前にモデル始められた頃もありますし、ナオさんとはご縁がありますね」


茄緒は顔を赤らめ恥ずかしがっているような仕草をする。
敬司は何か気付いたように顎をなでる。
耕平は無言だった。

赤らめたまま茄緒が頭を下げる。


「坂口社長、長田副社長、今日はよろしくお願いします」


石田が手を差し出し耕平が紳士的な笑みを浮かべ握手する。
敬司はよろしく、と握手をかわす。

機材を車から降ろし事務所内で照明、マイクを設置する。
カメラだけだが録音も行う。

滅多に使われないゲストルームのチェアに腰を下ろし、石田はテーブル越しにメモを取りながら耳を傾けている。


仕事について会社の在り方について。
そして今後の活動についてだ。


「実は今、新しい販売方法を取り入れています」
「どんなものですか?」
「私どもは今まで事業者さまから、直接バイヤーに売り込みに行ってまいりました。反響によっては工事生産に繋がったこともあります」


耕平が程好い笑顔をつくりインタビューに答えている。
普段の無表情、不機嫌な顔が嘘のようである。


「これからはもっと料金を手軽に、チャレンジしやすいように輸出をできるようにしていきます。その為には人件費を抑えつつ、しかし現地の方々に広く、輸出品を知って頂く必要があります」


社長らしく話す耕平を茄緒は感嘆した。


「海外で無人でご依頼主の商品を売り、商品の売れ行きが即座にわかるようなシステムの開発計画です。試作品を置いたところ、まずまずの成果をあげましたので拡大してやっていきたいと考えております」

「それは楽しみですね!興味深い」

石田は感心して答えた。


「事業拡大に伴い雇用も募集しています。やる気のある方はぜひとも、ご応募ください」


耕平が云った。
そのあと田舎暮らしについてなどインタビューをして写真を撮る。
二時間ほどで、取材は終わった。


「今日はありがとうございました。出来上がったら送りますね」


石田が礼を述べ耕平と敬司に改めて握手する。

帰り際、カメラの写真を確かめていると、茄緒がホッとしたように石田に声をかけた。


「お疲れさまでした」
「こちらこそ、ナオさん」


石田が茄緒に顔を寄せる。


「お二人ともいい男ですね!うかうかしていると盗られちゃいますよ」


石田は片目を瞑ってみせた。


「茄緒さんはどちらがタイプですか?」


石田は何かを話し合っている二人を見つめて口を開く。


「おれが思うに坂口社長かな」


真面目な表情で話す石田に茄緒が困ったように笑い、石田に質問する。


「どうして耕平さんなんですか?」
「そりゃあ……」


何かを云いかけた石田だったが茄緒に顔を向け、そこで止めた。

石田はカメラを手に取る。


「ファインダーを覗いていると意外と色んなことに気づきます。視線ですとか雰囲気も……例えばナオさん。今日はいつもよりオシャレしていませんか?」


石田が悪戯っぽく茄緒を見る。


「普段はアクセサリーも付けません」
「やっぱり。だからかな」


茄緒は気づかなかったようだが石田は知っていた。
耕平が度々、茄緒を目で追っていること。

石田は可笑しそうに笑う。


「改めて宝物を発見した、お子さんみたいでした」
「……?」


茄緒は理解出来ず疑問符が頭に浮かぶ。


「ナオさんはもちろんそのままでも十分、綺麗です。ですが、たまには着飾ってみるのも有りですよ」


石田は笑う。


「わたしは綺麗に見えますか?」


何気ない茄緒の言葉に石田は気づいたようだった。


「もちろんです。ナオさんは綺麗ですよ。もっと自信をもって下さい」


茄緒は頷いた。


「涼君の活躍も素晴らしいですね。彼の取材もしたいので、取り次いでいただけますか?」

ひとしきり会話を交わし石田は帰って行った。

事務所にはいつもの三人だけになった。

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