檸檬の黄昏
「茄緒ちゃんと記者さん、知り合いだったの?」

敬司が尋ね、茄緒は頷く。


「わたしが学生時代のアルバイトモデルしていた頃からの、知り合いなんです」


学生時代のその頃の茄緒はモデル事務所に登録はしていたが、アルバイトの駆け出しの新人であったので、ミニスカートを履いてティッシュ配りをしたり、他にレースクイーンもどき、地方洋服店のチラシモデルなどもこなした。


今となっては懐かしい思い出だ。


茄緒は一端言葉を切る。
いつもならこの先は云わない。

先日の耕平の言葉が頭をよぎる。
もちろん自分は二人を信用している。

笑って聞き流してもらえるだろうか?
それとも……

茄緒は決意を固め、それでも少し云いにくそうに口を開く。


「実は、その……。わたしの元夫の記事を書こうとして、出版社にいられなくなって。新聞社に移ったみたいなんです」
「元夫?有名人だったのかい?」
「禿雅史です。弁護士の」
「え、禿って……あの禿雅史が、茄緒ちゃんの元夫!?」


敬司が驚き茄緒は頷いた。
敬司はデスクから禿のパンフレットを探しだし、眺める。


「マジかよ。この男が茄緒ちゃんの元夫か」


敬司は耕平のデスクにパンフレットを滑らせた。


「見ろよ耕平。茄緒ちゃんの元旦那さまだぞ」
「耕平さん」

耕平は無言のままパンフレットを手に取りチェアに深く腰かける。
一通り目にした後、無言でシュレッダーに放り投げた。

禿は甘いマスク綺麗な顔立ちが特徴だ。
耕平も美形だが系統が違う。

「妬くなよ、耕平」

敬司が腕組みをする。


「女の子は綺麗な男がみんな好きなんだぞ。おれとおまえが美人好きなのと一緒だ」


最もらしく偏見的なことを敬司が呟き、追求は更に続く。


「石田さんとは男女の付き合いはあったの?」
「ま、まさか!石田さんとは何もありません。今は結婚もされているみたいです。指輪もしていました」


敬司が、はあ、と大袈裟にため息をつく。


「指輪だけで信じるのかい?耕平はどうだったか知ってるだろう?」
「そうですが。石田さんは、わたしなんて」
「茄緒ちゃんは気になってるんだろう、石田さん。悪い人じゃなさそうだしアタックしてみたら?」


敬司は云った。


「耕平なんか放ってかまわないよ。ああやって、永遠の夫婦を貫き通すつもりなんだからさ」
「……そうですね。でも、なんというか。石田さんは憧れだったんです。学生のわたしから見たら、働いている大人の男性ってステキだなあって」

茄緒は笑った。


「以前にお話したことはあるかもしれませんが……夫とは、禿雅史とはいい別れ方はしませんでした。わたしはもう、恋愛はこりごりです」


云ったものの、この頃の記憶が曖昧な茄緒にとって説明をすることが難しい。
だが嘘は云っていない。

嘘は云っていないが茄緒は知られたくない事がある。

無意識に腹部に手を当てる。

もう自分は誰からも愛されないのだ、と。




< 61 / 85 >

この作品をシェア

pagetop