檸檬の黄昏

取材も終わり待ちに待った日曜日である。
茄緒と耕平は耕平の車で海を訪れた。
敬司も誘ったのだが船酔いを理由に断られた。
それに彼は彼で出かける予定があるらしい。

今回の釣りには茄緒は自分の車を出すと云ったのだが耕平が小さい車は疲れる、乗りづらいと不満を述べる。


「それにあんたの車、後ろに引かないと走らんだろうが」
「わたしの車はチョロQじゃありませんよ」


茄緒が不満気に口を尖らせる。

何だかんだと云いながら耕平は運転がしたいのかもしれない。
茄緒もちょっとしたドライブを楽しみにしていたのだが、付き合ってくれた耕平に合わせることにした。

ガソリン代金も受け止らないというが、そこは折半を貫いた。
元は自分が誘ったわけだし自分も楽しめない、という旨を伝えるとようやく首を縦に振った。
船や全てのレンタル料も同様だ。

ライフジャケットを装着し船に乗る。
釣り道具、エサは用意してくれてあるので、それを使う。
茄緒が釣り竿を持つ。


「海釣り勝負ですよ、耕平さん」


いわしをミンチしたものを撒き餌にし釣り針にはアオイソメをちぎり、つける。


「今は夏の豆アジみたいです」
「数で勝負だぞ」


以前、大きさでもめたことを思い出す。


「何か賭けるか」
「いいですよ。わたしが勝ったら今日から一生、禁煙して下さい」


わたしの勝ちですからと茄緒は余裕だ。
耕平はその様子をみて口の端に笑いを浮かべる。


「おれが勝ったら一生、就業中に菓子を食うなよ」
「わかりました。絶対、負けませんから」


耕平にとっては煙草を続けられるか、茄緒は菓子禁止をかけて。

二人は竿を振り糸を投げ入れた。

快晴で波も穏やかである。
海風に当たりながら、茄緒は満足だった。


「気持ちがいいですね。夏の海」
「そうだな」


風にあたる耕平の表情もどことなく明るく見えた。

船に乗りしばらくして。
茄緒が疑問を口にした。
耕平がお盆休みに実家に帰らなかったことだ。

「遠いからな」

耕平が云った。

「カナダだ」
「え?」
「おれの実家はカナダのトロントにある。十年以上、帰ってないな」


海を見つめ耕平は云った。


「耕平さん、海外暮らしだったんですね。……そういえば、前に事務所でも話していましたよね。お兄さんもご両親も海外にいるって」


言葉が堪能なことになんとなく合点がいく。
フランス領だったカナダは、フランス語も使える人間が多いという。

耕平の兄は公安警察に勤めていること。
父親はIT企業の役員、母親は会社を経営しているとのことだった。


「華々しいエリート一家ですねえ」


茄緒が感嘆を交えて驚く。
しかし、


「仕事人間なだけだ。つまらん集まりさ」


耕平が吐き捨てるように云った。
茄緒はそんな耕平に何かを感じたが、言葉を続ける。

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