檸檬の黄昏
耕平の話しによると元々はひとり息子の為に服を作り始めたそうである。

それが話題になり地域でも小夜の服のファンがつくようになり、必要に応じて作成しているそうだ。

服の他にも学校雑巾など小物類も多数作ってはバザーに寄付したりしているらしい。

そして契約者に服をプレゼントすることを楽しみとしている、ということだ。


「小夜さんって器用なんですね」
「最初は鬱陶しいと思ったがな。あの人の場合、趣味を越えている気がする」


茄緒が感心すると耕平は頷き、髭だらけの顎を撫でる。


他愛もない会話を終え、茄緒は坂口宅を後にした。


無愛想で無表情だが、思ったより悪い人じゃなさそうだ。


安堵したのもつかの間、茄緒は自宅の庭へ戻ると火災現場のドラム缶の前に立つ。

隣人への挨拶を済ませたら処理と原因追求をしようと考えていたからである。


マスクをして軍手をはめ、ある程度燃えた落ち葉を掻き出すと、缶底に木の燃えかすのような物が散らばっているのが見えた。


取り出して確認する。


(……炭?)


一本二本どころではない。
缶の底を埋める位の大量の炭が入っている。

どうりで、あんなに勢い良く燃えたわけだ、と茄緒は納得した。


(ひょっとしたら誰かが炭処理に、このドラム缶を使っていたのかも)


炭火は水をかけた位では消えない。
缶などに入れて密閉し、酸素を遮断して処理する。


何者かが炭処理をしている途中、自分はそれを知らずに、まだ燻っていた所へ落ち葉という燃料を投げ入れてしまったのではないだろうか。



その通りだとして、誰が……


熱い炭を直ぐに移動出来る距離。
隣人宅の玄関には、七輪とバーベキューセットが置いてあった。
炭も。


ブロック塀があるが昨日、高身長の耕平は塀越しにこちらを見ていた。
そして敷居を跨がずとも手を伸ばせばドラム缶に炭を落とす事が出来る。


まさか

いや、全てがそれで合点がいく。


茄緒の頭の中で何かが弾け、マスクと軍手を地面に投げ捨る。
気づいた時には隣人宅のインターホンを連打していた。



大男、坂口耕平が玄関を開ける。


「なんだ」
「なんだ、じゃありません。あなたですよね、ドラム缶に炭を入れたのは」


茄緒は真っ直ぐに耕平を見つめると、当の耕平は顔を反らし目を泳がせた。


「さあ、何のことだか」
「とぼけないで下さい」
「おいおい、証拠はあるのか?」


彼は反論を試みるが説得力がまるでない。

ひどい、あなたの事いい人だと思ったのに。
茄緒は彼を責め立てる。


耕平は頭を掻きため息をつくと悪かった、とぼそりと呟いた。


茄緒は彼の感情の薄さに冷静になっていき、大事にはならずに済んだのだからと自分の考えを改めた。

自分がドラム缶の中の確認を怠った事もあるし、現に彼が咄嗟に行動してくれなければ、とんでもない事態になっていたかもしれないのだ。


「もう、これからは止めてくださいね?」


茄緒が釘を刺すと耕平は、ああ、と頷いた。


茄緒は自宅へ戻ると大きなため息をつく。


何だか疲れたな


肉体的というより精神的な物が大きい。


時計を見るとまだ午前11時を10分ほど回ったところである。


茄緒はもう一度外に出ると車に乗り込み、道の駅へと真っ先に向かい先日の檸檬の木を購入する。
次に近場のホームセンターで鉢や土、肥料も買い込む。

帰ると自宅庭で先日購入した檸檬の木の植え替え作業を始めた。

根は少々傷んでいたが問題なさそうである。

丁寧に手入れをしてから新しい土と鉢に植えてから水をたっぷり与え、陽当たりの良いテラス沿いにおいた。


満足げに茄緒はひとり頷く。
機嫌も良くなったようだ。


外へ干しておいた布団を取り込み、日向の良い香りがする布団へ転がる。
昼寝をすることに決めたからだ。


自由って素晴らしい。


茄緒は古い天井を見上げ目を閉じる。


何でも前向きに考えよう。
進まないと仕方がない。


自分に言い聞かせると目を閉じる。


やがて規則的な寝息が聞こえてきた。


小春日和の昼間の出来事である。


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