檸檬の黄昏
病院のベッドでバチが当たったんだ、と茄緒は思った。
耕平が指輪を外したのは他に好意を持つ人間が出来たのではなく。
サイズが合わなくなったと聞いて茄緒は安堵したのだ。
前妻以外とはそういう仲にはならない。
茄緒は安心して、また一緒にいられると思ったのだ。
自分がズルいことを考えたから。
茄緒は目元に腕で覆う。
やっぱり辞めよう。
自分は事務所にいるべきではない。
そもそも耕平が妻と死別していたことは、茄緒にとっては都合が良かったのだ。
深入りせず、向こうもこちらへは来ない。
適度な距離を保っていられる存在のはずだった。
だが自分は……。
その時、ベッドを仕切っていたカーテンが動いた。
スーツ姿の耕平が現れる。
ベッドサイドのパイプ椅子に腰かけた。
「耕平さん」
「体調はどうだ?」
耕平が訊ねる。
「大丈夫です。耕平さん、出張は」
「一日、早く切り上げられた」
茄緒は身を起こそうとしたが耕平はそれを制する。
「涼と……弟と話をしたんですか?」
耕平は頷く。
「前の旦那が来たそうだな」
茄緒はドキリとした。
「……はい」
「よく休め。もう何も心配するな」
耕平は云った。
いくつか雑談を交わし彼は帰ったが、病室での手続きも全て済ませてあるという。
退院時も耕平が迎えに来ることになった。
茄緒の心は余計に苦しくなる。