檸檬の黄昏
時は戻り場面は事務所である。
茄緒と耕平は片付け途中のゲストルームのソファに、並んで腰かけていた。
背もたれに肘を掛けた耕平の手が茄緒の肩を抱いている。
テーブルには茄緒が持参したミネラルウォーターの入ったペットボトルが二本、置いてあり汗をかいて滴が垂れていた。
禿は、また来る。
自分が場所を変えようとも、また探してくる。
茄緒の心配を予想していたかのように耕平が口を開いた。
「心配するな。ただ、あんたに協力をお願いしたいんだかな」
耕平が云った。
「何ですか?」
「今度の禿雅史の、あんたの元旦那な講演会。一緒に来てほしい」
涼に、ある計画を訊かされたたという。
茄緒は驚き耕平を見る。
「涼が、そんなことを?わたしには何も」
「あんたには心配させたくなかったんだろう。それにこの事は彼の男としての、けじめだろうな」
茄緒は息をのんだ。
子供だと思っていた弟は、いつの間にか男になっていたのだ。
そして復讐の機会を待っていたのだ。
言葉を失っている茄緒を視界に写しながら、耕平は続ける。
「服は親睦会の時の、あのドレスがいい」
「え、あれを着て行くんですか?目立ちませんか」
「それでいい」
耕平はその作戦の概要を茄緒に説明する。
もちろん茄緒がいなくとも、涼は別方向から決行すると云っていた。
「無理にとは云わない」
耕平が云った。
茄緒はすぐには返答はしなかった。
しばらくして頷く。
「やります。大丈夫です」
茄緒は頷いたが気掛かりがある。
耕平に顔を向けた。
自分は禿から逃げたい一心だったが、耕平は違う。
茄緒とのことは亡き妻の家族や世間からの理解を得ることは、難しいかもしれない。
現に麗香の出来事を思い出すと胸が詰まる。
しかし耕平は十年もの間、苦しんだのだ。
そして自分と新しい未来を歩もうとしてくれている。
茄緒は手を伸ばし自分の肩に乗った耕平の手を握った。
「耕平さんを信じています」
耕平を一人にしない。
そして大切にしよう。
茄緒は決めた。
「頑張ります」
茄緒が決心したように云った。
自分を変えよう。
耕平は茄緒の指に自分の指を絡め、握った。
「ああ」
耕平は握った手に力を込めた。