檸檬の黄昏
後日。
テレビや雑誌の話題は専ら禿雅史の特集や記事で持ちきりだった。
ワイドショーでは連日、涼の撮影中に偶然撮影されたという禿の暴力未遂が流れ、それに関連して禿の周囲の小動物の虐待死していることを報道している。
週刊誌も、こぞって禿雅史を書き立てた。
過去に彼をかばった両親はおらず彼を新たに擁護する人物はいなかった。
一部のファンが冤罪だと騒いでいたが、それだけだった。
しかしテレビも雑誌もない事務所では世間の話題は皆無だ。
涼のミュージックビデオの完成版が届き、事務所で敬司のパソコンで動画を再生する。
ほとんどの荷物は処分し移転へ向けての片付けの途中である。
茄緒がシャツの腕をまくったジーンズ姿であり、はめていた軍手をはずした。
「あ、敬司さんだ」
敬司はサングラスにスーツ姿、そしてつば付きの帽子を斜めに被っている。
全体的にシルエットで暈し加工の上、顔も映っていない。
それが大人っぽい官能的な雰囲気を作り上げている。
「敬司さん、カッコいい」
茄緒が感嘆したが耕平はいつもと変わらんだろ、と声にも表情にも出さずに呟いた。
彼もまたシャツにパンツの軽装だ。
敬司はシャツにスラックスである。
彼は住居も移転先近くに既に決めており、この後はまた新しい事務所に戻る。
茄緒と耕平もまた新しい事務所の近くでアパートを借りる予定になっており、新しい生活を始める予定だ。
海が近いので今から釣りの予定で脳内がいっぱいの茄緒である。
荷物のない自分のデスクでノートパソコンを開いていた敬司がチェアの背もたれに身を預けると、軋む音がした。
「役としては涼君の導き役って、あの時の監督さんが云ってた」
「へえ~」
茄緒が云うと敬司がニヤリと笑う。
「茄緒ちゃんと耕平は恋人役だったんだろう?いい感じに撮れてるみたいだな」
茄緒は顔を紅潮させる。
映像では茄緒の顔は映っていないがドレスを纏った後ろ姿と、耕平らしい男がシルエットで抱き止めるような場面が流れていた。
敬司は今日は紙巻煙草ではなく葉巻を取り出す。
しかし顔を赤らめたままの茄緒の冷たい視線を受け無言で葉巻ケースに戻し、スーツの内ポケットにしまう。
軽く咳払いをする。
「幹部三人で出させてもらったわけだし。このビデオ、会社のPRに使うから。何しろ超人気俳優、青柳涼君とのコラボだからな。……それにしても、やっとくっついたか」
敬司が茄緒と耕平を見る。
「耕平が『茄緒がここを辞めて引っ越すなら、おれも辞めて付いていく』なんて云った時は、本当に驚いたよ」
敬司が耕平の言葉を真似て笑い、茄緒が耕平を見る。
「今でも、それは変わらんぜ」
耕平が答えると敬司は頷く。
「それはそれで問題はないがな。おれと耕平がライバルになるだけだ」
「そうだな。たがおれは、おまえを敵に回したくない」
耕平は敬司の腕は買っているし何よりも親友なのだ。
敬司は顎を撫でて笑う。
「まあ、これで。おれも堂々とできるな」
「え?敬司さん?」
「自分が幸せじゃないのに、他人を祝える訳ないだろう?」
敬司がニヤリと笑うと写真を取り出した。
大型バイクと一緒の敬司と女性のツーショット写真だ。
グラマーな美女と敬司が笑っている。
「付き合ってずいぶんになる。耕平があんなことになったからな。まあ、今年までになんとかならなかったら、籍を入れようと思っていた。間に合って良かったぜ」
ちなみにおれより歳上だぞ、と白い歯をみせる。
茄緒と耕平は顔を見合せた。
同時に吹き出す。