どうしても、君が好き。
第1章
恋の相手
高校二年生になって、1ヶ月が経った。
そろそろクラスにも慣れてきて、新学年特有のどこか張り詰めた雰囲気が消えて、ゆったりとした春を過ごせるようになってきた。……まだ春だよね?
そんな中、私は恋をした。
仲のいい友達もクラス内に何人かできて、冷静にクラスを見渡せる余裕が出てきた頃だった。
「————紡?」
「はっ、はい!」
いきなり名前を呼ばれて、ぼーっとしていた私は広げていた教科書やらノートやらをバサバサと床に落としてしまった。
「どうかしたの?紡、今日変よ?」
一緒に勉強をしていた幼なじみの胡桃(くるみ)が、私の様子を見て首を傾げる。
胡桃も席を立って床に散らばったノート類を拾うのを手伝ってくれた。
「あ、ありがとう、胡桃」
胡桃からノートを受け取って、席に座り直す。
今は授業中だけど、先生が急用で休みだから自習時間。
教室内は少しざわざわしていて、浮き足立った雰囲気に包まれている。
自習って嬉しいもんね。
「何かあったの?」
心配している、というよりは面白がっているニュアンスで、胡桃が私に尋ねた。
「別に、何もないよ」
胡桃に知られても笑われるだけだし、黙っておこう。
って、思ったんだけど——
「何もないわけないでしょ。いつもこっちが疲れるくらい元気な紡が最近元気ないし。さっき私が話しかけても無視だし。何かないとそんなことにならないわよね?」
う……鋭い。
さすが幼稚園から一緒なだけあって、私の心の内なんて見透かされている。
「どうしたの?恋でもした?」
胡桃は冗談で言ったんだと思う。だけど、私はそれに過剰に反応してしまって、顔が真っ赤になるのが自分でも分かった。
「恋したの!?誰?誰なの!?」
身を乗り出して、興奮気味に聞いてくる。声を絞ってくれるところに胡桃の優しさを感じた。
「……どうしても、言わなきゃだめ?」
恥ずかしい、出来れば言いたくないって気持ちが大きくて、そんな質問をしてしまった。
「ダメよ。10年以上の仲でしょ?」
胡桃の綺麗な顔でにっこり笑われると、反抗できない。
私は、視線だけで胡桃に相手を伝えた。
私の視線と一緒に顔ごと動かした胡桃は、私の恋の対象を見て驚いた顔をした。
私の視線の先には、一人で本に目を落としている男子がいた。
城野翔くん。いつ見てもああやって本を読むか、勉強をしているか、ぼーっと窓の外を見ているかしている。その顔立ちは整いすぎているほど整っていて、校内で一番人気があるみたい。
過去に何人もの女子が城野くんに告白したらしいけど、城野くんはそれを聞いてるこっちが悲しくなってくるような冷たい言葉で断ってきたらしい。
そんな冷たさから『冷徹王子』なんてあだ名が付いている。
それでも人気は衰えずに、根強くファンが多い——なんて言うと芸能人みたいだけど、実際にそういう状況みたい。
「珍しいこともあるものね」
驚いた顔をしていた胡桃は、納得したように二回頷いた。
「いいじゃない。応援するわよ」
優しそうに微笑んで、胡桃は言った。
「それで?城野のどこがいいの?」
胡桃はさっきの優しい表情とは一変して、私がみんなが好意を寄せるような人を好きになったことを面白がっているような顔をした。
「どこって言われても………」
正直、分からなかった。
いつからか、城野くんを授業中とかに盗み見るようになって、最初は綺麗な顔だなぁくらいにしか思ってなかったのに、気付けば視線は城野くんに釘付けになっていて、板書をノートに写したり、本のページをめくったり、そんな一挙一動にドキドキし始めていた。
「………全部?」
結局、曖昧なことを言ってしまった。
「全部ねぇ……。別にいいけど、なんで疑問形なわけ?全部好きなら自信持って「全部好き!」って言いなさいよ、紡らしくないわよ?」
「ごめんなさい」
急に説教された……。胡桃の言い分も理解できるから、とりあえず謝っておく。
会話が途切れて、なんとなく城野くんの方に視線を向けた。
「————っ!?」
目が合った。
城野くんは不思議そうな表情で私の方を見ている。
その澄んだ瞳に射すくめられて、身動きが取れない。視線をそらそうにもそらせなかった。
ほんの数秒が永遠のように感じた。
城野くんは少しだけ首を傾げて、読書に戻った。
「ちょっと!何見つめ合ってんのよ!」
少女漫画を読んでいるようなテンションで、胡桃が私の肩をバシバシ叩く。
力強いよ……。加減してよ……。
「もしかして、脈アリなんじゃない!?」
「………たまたまだよ」
城野くんが私個人を見るだなんて、そんなことあるわけがない。
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