どうしても、君が好き。
早輝に助けを求めた次の日の昼休み。
私は階段を上がっていた。
『城野って、昼休みは屋上にいるらしいよ』
早輝が教えてくれたのはそんな情報。
確かに昼休みには教室にいなくて、食堂にでも行っているのかと思ったら、屋上だったらしい。
そうと分かれば即行動に移したいとは思うんだけど、拒絶されるのが怖くて一人で行くのは気が重かった。胡桃についてきてって言ったんだけど、嫌ってきっぱり言われてしまった。突き放してるわけじゃなくて、私のためを思ってくれてることは分かるから、こうやって素直に一人で階段を黙々と上っている。
屋上って確か、鍵がかかってて入れないと思うんだけど………。
それでも今は、噂程度の城野くんの情報にすがるしかない。だって城野くんについて知ってることが少なすぎるから。
もし屋上にいなくても、いい運動だったと思えば。
頑張って思考をポジティブにして、私は屋上へと続く扉を押し開けた。
ギィィという重い音がする。
ほこりっぽかった階段とは違って、人が少ないせいか、澄んだ空気が肺に入ってくる。
目当ての人は、探さなくてもそこにいた。
爽やかな風に吹かれながら、気持ちよさそうに目を細めていた。
そんな形のいい目が、私に向けられる。
「ご、ごめんね、城野くん。早輝に、城野くんはお昼休みはここって聞いたから」
なにバカ正直にしゃべってるんだろう、私。
早輝に聞いたとか言わなくてもいいのに。
「早輝って………弟?」
城野くんが初めて口を開いた。
早輝は「話しかけてもほとんど『うん』しか言わない」って言ってたけど、きちんと話してくれた。
「そう。去年同じクラスだったんだよね?」
「覚えてない」
短く返して、サンドイッチのフィルムをむきだす。
「私も一緒にお昼食べてもいい?」
城野くんの近くに移動して尋ねると、綺麗な瞳で私を見上げてくる。
「どうして?」
まさか、理由を聞かれると思ってなかった。
この場合、何が正解なんだろう。
「城野くんが好きだから」なんて言っちゃったら絶対断られるし。けどそれ以外のこと言ったら嘘になるし………。
「……城野くんと、仲良くなりたいから」
嘘にならない範囲で、言えたと思う。
「なんで俺なの?」
城野くんの質問攻めは続く。
「なんでって……」
なんでだろう。
クラスにも話したことのない人は何人もいて、その人たちと仲良くなっても別にいいはずだ。なのにどうして私は城野くんなのか。
「………好き、だから」
絞り出した声は震えていた。手も震えていて、自分のスカートをぎゅっと握りしめた。
多分、好きって言わないと質問はいつまでも続く。城野くんは、私が考えてることなんて分かってる。だから、正直に言うしかない。
「……あっそう。まぁ座りなよ」
「………へ?」
「聞こえなかった?昼飯食うのにいつまで立ってるつもりなの?座りなよ」
「あ……うん」
何も、言われなかった。
今まで城野くんに告白した女子たちに浴びせてきたと噂の酷い言葉を。
身構えてたから、拍子抜けした。
言われた通り、その場に座る。
「……何も、言わないの?」
「何を?」
「今まで女子たちに言ってきたようなこと」
「俺にも気分ってものがあるから。それとも何?罵倒されたいの?」
そんなことはない。
そんな意味を込めて首を左右にブンブンと振った。
拍子抜けしたとはいえ、罵倒はされないに越したことはないだろう。
このまま何もしないのはいけない。私は持ってきたお弁当を広げた。
勢いで来ちゃったのはいいけど、話すことが何もない……。
「城野くんって、どうして昼休み屋上にいるの?」
そんな、ありきたりな質問をした。
「一人が好きだから」
私の顔を見ずに、答える。
「え……ごめんなさい」
「いいよ別に。それは俺の都合だから」
聞いてた話と違くない?割と優しいぞ、この人。
噂だと、もっとこう、芯から冷え切った感じだったんだけど。やっぱり噂は噂ってことかな。百聞は一見にしかずって言うしね。
…………。
城野くんが黙々とお昼ご飯を食べている。
私も、話しかけたらいけない気がして、黙ってお弁当を食べる。
……なんだ、この沈黙。
同じ空間にいるのが嘘みたいに静かだ。
こういう時って何話せばいいんだっけ?
小さい頃からずっと胡桃と一緒だったから、ほぼ初対面の人との関わり方がイマイチ分からない。
積極的に友達を作ろうとしなかった弊害がこんなことろに……。
「………ねぇ、城野くん」
「何?」
城野くんがこっちを見る。
「い、嫌じゃないの?」
「何が?」
城野くんが首を傾げる。私の質問の意図が分からない、というように。
「私なんかと、一緒にお昼食べることになって」
何聞いてるんだろ、私。
好きだから、なんて理由でお昼ご飯を一緒に食べたいって言い始めた奴が、今度は嫌じゃないの?って。
けれど、言ってしまったものは仕方ない。今は城野くんの答えを待つしか。
「嫌ならちゃんと嫌って言ってるよ」
「………え?」
「俺、言いたいことはちゃんと言えるよ」
コンビニの袋にサンドイッチの包みを入れて、城野くんが立ち上がる。
「じゃ、お先に」
城野くんが歩き出す。
何か、何か言わないと。
「城野くん!」
背中に呼びかけるときちんと止まって振り返ってくれる。
「翔くんって呼んでも、いいですか?」
さすがに嫌がられるかな。一人でいたいところに急にやって来て、居座って、その上名前で呼ぶなんて。
「好きにしなよ」
城野くんは少しだけ笑って、踵を返した。