一年後の花嫁
「――ねえ、聞いてる?」
「ん?……あぁ、なんだっけ。花火大会?」
「違うわよ、映画。見たいのがあるって話。花火大会なんて、もうどこも終わってるじゃない」
千尋はストローを咥えて、勢いよくアイスコーヒーを流し込んだ。
天気のいい火曜日の昼過ぎ。
今日は式場の定休日で、珍しく俺も休日出勤をせずに済んだのだ。
「本当、人の話なんも聞いてない」
「ごめんって。あったかくてぼーっとしてた。映画いいよ、行こうよ」
「だから、来週から公開なの!ほんっともう」
呆れたようにサンドイッチを頬張る彼女の横顔に、さすがに申し訳ない気持ちであった。
本当になんにも、耳に入っていなかったらしい。
「ごめんね、千尋。最近時間取れなくて」
猫なで声になった俺に、千尋は冷たい視線を送る。
「思ってないくせに。人のお世話ばっかりでさ」
「思ってるよ。俺が要領悪いせいで、千尋に寂しい思いさせてるのも、わかってる」
人工的に長いまつ毛が、彼女の目元に影を作った。
口元を拭った彼女は、まっすぐに俺を見つめる。
ちょうど、十五時を知らせる噴水が上がった頃だった。
「……別に、明人の要領が悪いなんて思ってない。チーフになって、プランナー以上の仕事してることも、ちゃんと知ってるよ。明人が頑張ってるのは、ちゃんとわかってるの」
艶のある黒髪が、太陽に照らされてキラキラと光る。
そして彼女の目に溜まった涙も、一瞬キラッと輝いた。
「でも、つらいの。わかってるから余計に」
頬を伝う涙を、そっと親指で拭ってあげると、彼女はくすぐったそうに顔を下に向けた。
なぜか千尋は、頬に触れられるのが、どうもくすぐったいらしい。
「くすぐったい?」
「……もう、最低。わかってるくせに」
「今日、行きたいところは?」
「――明人と、二人になれるとこ」
いつもは気の強い彼女が時折見せるこの顔に、たまらなくそそられる。
好きとか嫌いとか、そういうことじゃない。
男として、ただ魅せられてしまうのだ。