一年後の花嫁
そうして、まだ表面上は付き合っている男女が二人きりになれば、当然することは一つで。
その最中だけは、仕事のことも、千尋との今後のことも、長妻のことも、すべてを忘れて夢中になれた。
「ねえ、ちょっと……もういいって」
「やだ。今日はまだ無理」
あまりに考えたくないことが、多すぎて。
何度も何度も千尋を抱いて、眠りに落ちそうになった瞬間、よからぬ妄想が頭をよぎった。
― 長妻は、いったいどんな顔で、あの男に抱かれているのだろう。
「明人?」
「……んー?」
考えたくもない。
考えるなら、俺が抱いてる妄想の方が、百倍マシだ。
ぎゅっと千尋を腕の中にしまいこんで、俺は夢の世界へと慌てて逃げた。
「藤堂さん、川島様・加藤様お見えになりました」
「ん、ありがとう。衣装室にも連絡済かな?」
「はい、連絡しておきました」
噛んでいたガムを包み紙に吐いて、今日はサロンの地下にある、衣装室へと急いでいた。
「ネクタイ、曲がってますよ」
「あ、この間の……チロルチョコの」
「あは、新田です」
くしゃっと笑ったその子は、あの日チロルチョコをくれた子。
茶髪のポニーテールを揺らしながら、ちょこちょことあちこちを走り回る姿は、まるでハムスターみたいだ。
「新田さんね。ごめんね、名前」
「いえ。私が一方的に藤堂さんのこと、知っていただけですから」
また白い歯を少し見せた彼女は、川島様・加藤様の元へと、そのまま案内をしてくれる。
「こんにちは。お待たせいたしました」
「ああ、どうも。この間は先に失礼してしまって、すいません」
今日の川島様は、この前お会いしたときよりも、幾分柔らかい口調であった。
― 憶測だ。
大変に失礼な憶測だが、俺の後ろに控える新田さんに、心なしか視線が集中しているような気がした。