一年後の花嫁
「衣装を担当させていただきます、衣装室の新田と申します。本日はご新婦様のウェディングドレスの一回目のご試着ということで、事前のアンケートに基づいて、何着かご用意しております。着てみて、他にもご要望がございましたら、お申し付けください」
“加藤様”は、試着室にすでに並べられた数着の純白のドレスに、目を輝かせている様子であった。
にっこり笑って、「楽しみです」なんて言っていたのに。
「とにかくぱぱっと決めろよ。こういうのは直感が大事だから」
「……そうだね」
川島様の一言で、また彼女の顔は曇った。
堪えろ。堪えろ。
ぎゅっと強くネクタイを握りしめた。
本当は着替えの間、お待ちの新郎様と雑談するのも、プランナーの仕事の一つだ。
大抵女性の買い物に付き合う男性なんて、三十分もすれば飽きる。
ドレスの試着なんて、その何倍も時間がかかるのだから、その繋ぎということだ。
だが、今の俺はプロ失格。
どうしても、どうしても。
川島様と言葉を交わすことが、彼に笑顔を向けることが、今は難しかった。
なんの確認があるわけでもないが、衣装室の受付で先輩と他愛ない会話を交わして、心を落ち着けることにしよう。
「藤堂~お前出世したな。うまいもんな~口が」
「ちょっと、その言い方やめてくださいよ。実力です、実力」
そんな風に無理矢理にでも笑顔を作っていれば、だんだん営業モードの自分が帰ってくるはずだ。
なのに、まだ。
― なぜ、長妻はあんな旦那を選んだのか?
そればっかりが、俺の頭を埋め尽くす。
俺が見てきた何千組のカップルの中でも、ワースト一位だ。
新婦様の試着、それも一生に一度のウェディングドレスで、ぱぱっと決めろなんて。
思っていても、さすがに口にしないだろう。
彼女が幸せなら、それでいい。
だけど旧友の俺から見て、とても彼女が幸せだなんて思えなかった。
先日新田さんに貰ってからはまってしまったチロルチョコを、口に放り投げる。
ころころ転がして、それが無くなる頃にようやく。
いつもの自分に戻っていた。