一年後の花嫁
試着室に戻った俺たちに、案の定加藤様は、「二着目にします」と力なく言った。
「申し訳ありません、私ご説明が漏れていたかもしれませんので、今一度お時間頂けますでしょうか」
新田さんは、そう枕詞を挟んで、説得に移る。
「こちらの二着目も、大変エレガントなデザインですが、一着目と比べますと、見る人が見ればシルクの違いが明白です。先ほどご新郎様が、“大人っぽいもの”とご要望されておりましたが、一着目の刺繍の入ったもののほうが、高級なシルクと、縫製に手間がかかっておりますので、ご要望に沿ったドレスになるかと存じます」
さすがだ。
“高級なシルク”だとか、“縫製に手間が”だとか、そういう文句に、明らかに弱そうである。
それがしかも、彼女がまっすぐに川島様の目を捕えて言うものだから、効果てきめん。
「あぁそうなんですか。……新田さんは、プロの目では、どちらがいいと思います?」
「私の目で恐縮ですが、個人的には一着目の方が、ドレスの質も、ご新婦様にもお似合いかと存じます」
「じゃあ一着目の方がいいか。プロが言うんだから、な」
ころっと意見を変えた川島様は、加藤様に向けてそう言う。
「……ありがとうございます。じゃあ一着目でお願いします」
そう控え目にはにかんだ彼女の顔が、切なかった。
まったくどうして、こんな奴を選んでしまったんだかな。
長妻美波が加藤美波になってから、きっと色んなことが彼女を襲ったのだろう。
でなければ、あの彼女がこの男を選ぶとは、到底思えない。
もしくは政略結婚とか、あとは脅迫されてるとか。
あぁ、借金の肩代わりとかも、あるかもしれない。
なにしろ、俺にとってそれくらい、彼女がこの男を選んだ理由がわからなかった。
試着室のカーテンが閉まる瞬間、ぺこっと俺に頭を下げた彼女に、胸がうずく。
あんなしおらしいの、全然長妻じゃない。