一年後の花嫁
それが妙に、腹立たしかったんだ。
昔はあんなに俺の前で泣いたり、怒ったり、大口開けて笑ったり。
感情の赴くままに、ころころ表情を変えていたくせに。
「……もう打ち合わせ終わったけど。まだ敬語続ける?」
もともと大きな目を、さらに大きく見開いた彼女は、じっと俺を見つめる。
その目。いつからそんな目、できるようになったんだ。
頬に触れたときの千尋みたいな、俺を食事に誘う新田さんみたいな、そういう目。
女の目。
「だって、それはそっちが敬語だから……」
「随分と控え目になったんだな」
彼女は、悔しそうに唇を噛んだ。
きっとなにか言い返したいのだろう。
あの頃のように。
「言えよ」
「言わない。藤堂くんには言わない」
不意に彼女から出た、「藤堂くん」の破壊力は未知数だった。
その余韻にどっぷり浸る俺を置いて、彼女はおもむろに歩き出す。
そして、庭園の中でも今が一番の見頃を迎えている、真っ赤なモミジの木の下で、彼女は立ち止まった。
「……覚えてる?モミジの木。格技棟の裏にもあったよね」
無駄に響く声。
あの頃の長妻だ。
「あぁ……あったな」