一年後の花嫁
誓うことのできない永遠
「ねえ、明人。また目開けたまま寝てるでしょ」
「――ん?」
隣に千尋がいる。
そうだ、一緒にランチを食べに来たんだったな。
「仕事、詰め過ぎじゃない?」
千尋は、決して心配しているような顔ではなく、呆れたようにそう言った。
「そんなこと言ってもさ。蒲田の代わりもいないし、仕方ないんだよ」
「ふうん。大変ね」
もういい加減に、終わらせなければならないのだろう。
ただ、今後も仕事で顔を合わせるかと思うと、中々それも踏ん切りがつかない。
それになにより。
千尋の存在が、今の俺の唯一のストッパーでもあった。
十二月二十日。
カルテに書いてあった、長妻とあの男の入籍予定日。
ここ最近は、入籍前に挙式する方や、挙式の準備中に入籍する方の方が圧倒的に多く、それもあって俺たちは、新郎新婦様を、新郎の名字と新婦の旧姓のセットで呼ぶ決まりになっている。
だから長妻たちは、“川島様・加藤様“になるというわけだ。
そしてそんな通例の中で生まれた、おもてなし。
「藤堂さん、メッセージカード机に置いておきました」
「……あー……ありがとう」
“congratulations!”
この式場のチャペルの写真とともに、そうプリントされたポストカード。
はがきサイズのそのカードの、およそ半分くらいの空白のスペースに、担当プランナーは入籍のお祝いのメッセージを書くことになっている。
「はぁ」
俺が初めてこれを書いたときから、ずっと使い続けている万年筆。
それを手に握ると、自然と溜息が漏れた。
なにが楽しくて、好きな女の入籍を祝わなければならないのだ。
それも彼女が幸せなら、また話は別だが。
どう見たって、そうじゃない。
それのどこが、おめでたいんだ。
……それでも仕事だから。
マニュアルにでも載っていそうな定型文を引っ張り出して、俺はまったく心をこめずにそれを書いた。
そんな風にふて腐れてはいるが、本当はわかっている。
気に入らないなら、こうなってしまうまでに、俺がどうにかしたらよかったんだ。
あの日、きっと最後のチャンスだったのに。
俺は十三年間言えなかった想いを、過去形で伝えただけで満足してしまった。
それじゃあ、もう何も変わらないというのに。
藤堂明人、最後に自分の名前を書いて、俺はそれを後輩に出しておくようお願いした。