一年後の花嫁
「……は?じゃあ入籍してないの?」
「うん。三か月も日本に戻ってこないんだって」
長妻は、あっけらかんとそう言って、披露宴中に流すBGMのリストを眺めている。
「そ……じゃあまだ長妻なんだな」
「違うよ、加藤。名前間違えるなんて、プランナー失格じゃないの?」
俺がわざとからかった言葉に、リストから目だけをあげて、にやりと笑った彼女。
思わず伸びそうになった手を、ぐっと堪えた。
彼女が言うには、入籍予定日に市役所まで行ったものの、旦那が頼んだ証人が認印を押し忘れていたらしく、受理されなかったらしい。
そしてその証人は海外出張中で、長妻たちの入籍は挙式までに間に合わなくなったようだ。
そんな話にほっと胸を撫で下ろしていた俺は、たしかにプランナー失格だろう。
「この曲って、イントロどんなだっけ?」
年明け早々の打ち合わせも、やっぱり彼女は一人で。
三が日ということもあって、今日はサロンにも活気がない。
まだ休みを取っている社員の方が、圧倒的に多いからだ。
その雰囲気に彼女もつられてしまっているのか、今までは打ち合わせ中も敬語だったのに、今日は最初からずっとそうじゃない。
「イントロから流したいなら、こっちの曲は?長さもちょうど良さそうだし」
それが嬉しくなって、つい俺まで“同級生”に戻ってしまっていたが、まぁいいか。なんて。
「うん、いいかも。なんかこんなの、藤堂くんと式挙げるみたいだね」
ふと漏らした彼女のその言葉が、どうしようもなく切なかった。
さっきの入籍がうまくいかなかった話のときも、そして今も。
彼女は、長い髪を耳にかけながら、俺の知らない顔をして笑う。
そんな顔で笑うの、本当勘弁してほしいんだ。
「……予行練習、する?」
本当に、俺はプランナー失格だ。