一年後の花嫁
「で、ここであれね。誓います、のやつ」
「あーはいはい。あれね」
左腕から離れた彼女の温もりが、もうすでに恋しい。
「……誓えんの?あの人に」
お互い、まっすぐ前を見つめたまま。
こんなこと聞いたってしょうがないのに、つい俺は調子に乗っていた。
「みんな口だけだよ。……あたしも、口だけでなら誓える」
いたずらっぽく、俺の方を向いて笑った彼女。
それは絶対に、作り物だ。
「……ん、で、指輪の交換ね」
長妻って、こんなに小さかったっけな。
向かい合ったとき、今更そんなことを思った。
彼女の左手を手に取る。
冷え切った、小さな手。
細い薬指に光る、ダイヤの指輪。
「えっ」
それが憎らしくて。
その細い薬指から指輪を抜き取ると、なぜか長妻は、声を押し殺して泣いていた。
「ごめん、嫌だった?」
「違う、そうじゃなくて。藤堂くんの手、あったかいなって」
それに続けて、彼女はまだ何か言葉を絞り出そうとしている。
震えるこの肩を、今すぐ抱き寄せたい。
冷え切った彼女の手を、温めてあげたい。
彼女をこのまま、連れ去ってしまいたい。
でもそれは、もう叶わないことで。
願ってはいけないことで。
「あの頃……もっと藤堂くんに触れておけばよかった」
そんなことは、わかってるんだ頭では。
「長妻」
一歩、彼女に近づいて。
長い髪をかき分けて、冷たくなった真っ白な首元に手を這わせた。
びくっと小さく震えて、俺を見上げた彼女。
泣き顔は、本当に昔っから変わっていない。
鼻も目も真っ赤に染めて、乱れた呼吸が、いやに色っぽいんだよな。
「……もうやめろよ」
首元に這わせていた手を、頬に移す。
長妻は、あの頃の俺が知らない女の顔で、俺を見つめた。
十三年間、幾度となく夢に見たこと。
長妻の唇にやっと触れることのできた俺の唇は、おかしいくらいに熱を持っていた。