一年後の花嫁
「……じゃあ、BGM。お任せで選んじゃうよ」
「うん……なんかその……すいません」
チャペルからサロンへ戻る道中、長妻は唇を真っ赤に腫らして、気まずそうにそう言う。
「ふっ」
「ちょっと、なんで笑うのよ。そもそも藤堂くんが……」
「わーかったよ。ほんと昔からうるさいのな」
グーで腕を殴られたが、痛くも痒くもなくて、それが愛おしいと思った。
悔しそうに俺を見上げる彼女が、可愛くて可愛くて。
「明人」
しかし、その俺のだらしない想いは、一瞬でどこかへ飛んでいった。
「あぁ……木下さん」
「チャペル空いた?お花変えようと思ってたのに、明人がご案内してるって言うから待ってたの」
千尋の様子が、明らかにおかしい。
そもそも職場では、お互いに名字で呼び合おうと決めたはずだ。
まさか、とは思ったが、チャペルには鍵をかけていたし、ガラス張りとはいえ、普通のところからじゃ中は見えないようになっている。
おそらく彼女は、現場を見たわけではないだろうが、俺と長妻の姿を見て、なにかを直感したのだろう。
「うん、ごめんね。もう大丈夫」
とにかく長妻には知られたくなくて、俺は足早にサロンへ戻ろうとした。
「明人!」
しかし、千尋はそれをどうやら許してくれないらしい。
「今日、仕事終わったらうちに来て」
「……行けたらな」
そう答えた俺に、心なしか口元の緩んだ長妻を、俺は見逃さなかった。